OH MY LITTLE GIRL | ナノ


17

「そういえば、エディは日中何をして過ごしてるんだ?」
「ん?」

爽やかな朝日が射し込むリビングで朝食を口に運びながら、ロイはここ数日気になっていた事を問うた。
向かいに座ってトーストを齧っていたエドワードは、目を瞬かせもぐもぐと咀嚼した後こくりと首を傾げる。
相変わらず稚い仕草だ。

「何、って。洗濯したり掃除したり夕飯の用意をしたり…あ、買い物や図書館にも行ってるぞ。…でも、なんで?」
「いや、退屈ではないか?エディが来てそろそろ半月になるのに、全くと言って良いほど構ってやれていないから」

ロイの言葉にエドワードはまた瞬きをした。
どこか不思議そうな、その幼い表情に少しばかり罪悪感を感じる。
仕事が忙しい事もあり、彼女の献身的な振る舞いにすっかり甘えている上、エドワードが何も言わないのを良い事に、婚約だの結婚だのに関しても諦めさせるどころか有耶無耶なままで放置しているのだ。
いくらなんでもこれは酷いのではないだろうか、と今更ながら思ってしまう。

「いや?元々ロイが忙しいのは分かってたし、気にしなくて良いよ。前にも言ったけど、セントラルには友達もいるし、図書館や本屋もあるし、退屈してる暇なんてないから」

だが、ケロリとそう言われてしまえば、ロイには他に何も言えなくなった。
いっそ拗ねてくれればこの罪悪感もいくらかマシになるのに、などと身勝手な事を考えてみるが、仮に拗ねられたとしても休みをとって傍にいてやる事は無理なのだから、余計に気まずさが増すだけなのだが。

「先生達のシンへの出発日が近付いているからね…あちこちでテロリスト達が悪さをしてるんだよ。下士官の中には何日も家に帰れない者もいるみたいだしね」

困ったように視線を外し、ロイの口からはまるで言い訳のような言葉が口を吐いて出た。
これが無意識なのだから、全く情けない事だ。

「あー…、まだ騒いでるヤツいるんだ?懲りないなぁ……どう騒いだって無駄だってのに」
「ああいう輩は諦めるという事を知らないからね。おまけに、急遽保護対象が増えたのも痛いな」
「あ、リックだろ?あのバカ、頭は悪くねーのにちょっとお調子者なんだ。研究所の爺ちゃん達にも怒られてた。…そっか、ロイ達にも余計な仕事が増えたんだな。…ごめん」
「いや、それはエディが謝るような事ではないだろう?」
「あ、うん。それはそうなんだけど……」

エドワードは僅かに曖昧な笑みを浮かべたが瞬時に消し去り、この話は終わりとばかりに食べかけのトーストに齧りつく。
一瞬の変化にロイも首を傾げたが、直後に迎えのハボックが呼び鈴を鳴らした事によりロイは問いを口にする事はなかった。

だから、その表情にどんな意味があったかなんて、この時のロイには知る由もなかったのだ。










「大佐。少しお耳に入れておきたい話があるのですが」

ロイが司令部に着くなり小さく耳打ちしてきたのはブレダだった。
何事かと視線を巡らせば、やたら神妙な顔をしたホークアイやハボック、ファルマンがロイの机を取り囲み、廊下を確認したフュリーがドアに鍵をかける。
明らかに周囲を警戒した素振りに、ロイは眉を顰めた。

「なんだ?込み入った話か?」
「はい。実は、妙な話を小耳に挟みまして」

ブレダは何とも苦い顔でそう言うと、何故かホークアイへ窺うような視線を向けた。
ロイも釣られて視線をやれば、ホークアイはいつになく不機嫌そうに顔を顰めていた。
それに首を傾げながら、ロイは話の先を促すようにブレダを見る。

「妙な話、というと?」
「あ〜…何といいますか、大佐に婚約者がいるらしい、という噂が一部で広まっておりまして」
「まぁ、あれだけ騒げばな……」

ふと、エドワードが司令部にやってきた日の事を思い出し、ロイはため息を吐いた。
あの場に居合わせたのはこのメンバーと門衛くらいだが、遠巻きに見ていた者もいたから、誰かからそのような話が広まってもおかしくはない。
さて、ますます断りにくくなったな、と苦笑を零せば、

「それが……相手は姫さんではなくて…その、…ホークアイ中尉だ、という事になっているようで」
「は?」
「いつの間に話がすげ替わったのか、そんな不愉快な噂で持ちきりなんです。ええ、本当に不愉快です」

なるほど、それでそんなに不機嫌なのか。
ロイはホークアイの鬼の形相を見やり、肩を竦めた。
2人の付き合いは確かに長く、今までにもそのような誤解を受けた事は多々ある。
だが、皆が勘ぐるような事実は一切ないばかりか、互いにそんな感情を抱いた事は一度もないというのが事実だ。

「だが、それなら」
「はい。ここまでの話ですと、いつも通り全力で否定すれば済む事なのですが……問題がありまして」

相変わらず不機嫌な顔でそう言ったホークアイは、今度は何やら憐れむような目でハボックへ視線をやった。
ハボックはホークアイに力なく笑い返し、ロイに向き直った。
彼らにしては歯切れが悪いな、と思いつつ、ロイは次の言葉を待つ。

「本通りのカフェにエレナちゃんってウェイトレスがいるでしょう?あの娘に今朝、大佐がホークアイ中尉と婚約してるって本当なの?って泣きつかれたんスけど、」
「なんだハボック。お前、あの娘を狙ってたのか?どう見ても私に惚れているのは一目瞭然だったろうに」

そう言って、栗色の髪と青い目をしたウェイトレスの姿を思い浮かべる。
確かに美人だが何故か今ひとつロイの食指は動かず、何度か会話はしたものの誘うような真似はしていないが。

「ほっといてくださいよ!…で、本題はここからなんですが、彼女が店で物騒な話を聞いたらしくてそれを教えてくれたんです。何やら素性の分からない輩が大佐の婚約者を誘拐する計画を立てていた、と」
「……何?」
「どうやらテロリスト達も噂を小耳に挟んだらしいんです。おそらく婚約者を盾に、大佐を連続テロの捜査から外させるのが目的ではないかと」
「そんな相談を街中のカフェでする事自体、小物臭がプンプンするがな」
「はい。おそらく大した輩ではないと思いますが、用心に越した事はありませんので……」
「なるほど。下手に否定してエディの存在がテロリストに知れると困る、という訳か」

一通りの説明を聞き、ロイは腹の底からため息を吐いた。
ここのところ頻発している小規模テロ事件の中には、愉快犯と思しき俄か仕込みの素人テログループが起こしたものもいくつかある。
つまらない人間が暇でいるとろくなことをしない、という諺だか格言だかがあるが、全く迷惑な話だ。

「一応、噂の出所を調べてみたのですが……どうやらエドワードちゃんが来たのとほぼ同時期に大佐の身辺について調査した者がいるらしいのです」
「…それもどこかのテロリストが?」
「いえ。それが、錬研の研究員だとの事で……大佐の焔の錬金術の師匠について調べていたそうで」
「そこで思ったんですが、姫さんの話とその話が変に混じった結果、そんな噂になったのではないかと」
「それで中尉か……」

ロイの錬金術の師匠といえば、軍内で知られているのは基礎を教えたホーエンハイムではなく、焔の錬金術を教えたホークアイの父の方だ。
仮に「錬金術の師匠の娘」と言われたら、当たり前のようにホークアイの名前が挙がるだろう。
あの日エドワードの振る舞いを見た門衛が彼女の事を面白おかしく話したとして、本気にする者はいないばかりか途中で情報が修正されたとしても頷ける。

「司令部内ではかなり広まっているようですが……エドワードちゃん、何か言ってませんでしたか?」
「いや……特に何も。あの子が司令部に来たのも2度ほどだし、聞いてないんじゃないか」
「なら、良いのですが」

ホークアイが浮かべた安堵の表情に、彼女の不機嫌が単に噂を不愉快だと思う以上に、ただエドワードを傷付けたくない気持ちの表れなのだと知る。
確かにこの問題は後回しに出来ないな、とロイは部下達を見回すと、表情を引き締めた。

「シンへの出発日も近付いている事だし、騒ぎを起こす輩はまだまだいるだろう。早速問題解決に動こうじゃないか」
「Yes,sir!」

まだしばらくはゆっくり出来そうにないが、諸々の騒ぎが収束したらエドワードをどこかへ遊びに連れていってやろう。
そう心に決めて、ロイは目の前の書類に目を落とす。
それが無性に楽しみに思えて仕方なかった。



2012/06/30UP

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