OH MY LITTLE GIRL | ナノ


14

「しっかし、エドがマスタング大佐と知り合いだなんて聞いてないぞ?僕がどれくらい焔の錬金術師を崇拝してるか、エドも知ってるだろ?……一緒にいたんならさっさと紹介してくれれば良いのに……不意討ちすぎてテンパったじゃないか」

エドワードの為にケーキを取り分けてくれながら、リックは不服そうに呟いた。
確かに在学中にリックの口から何度となく焔の錬金術師についての称賛の言葉が語られていたのは知っていた。
そして、彼がロイをとても尊敬して崇拝している事も。
だがエドワードは、リックに限らず他の人間にロイとの関係を語った事は1度もなかった。
それは、エドワードの父親でありロイの師匠であるホーエンハイム自身が語りたがらなかったから、という事もある。
実際その所為で、ロイがホーエンハイムの弟子であった事を知る人間は少ない。

「……まぁ、いろいろ事情があるんだよ」

嫌なところで会ったなと内心思いつつリックの苦情をやり過ごし、エドワードは遠ざかるロイの背中を見送った。
ピンと伸ばされた背中は昔と変わらず広くて、自分との年の差を顕著に示している。
そう、未だ子供のエドワードとは違い、彼は大人なのだ。

人の波を抜ける間にも、様々な女性達から陶然とした視線を投げ掛けられているのが分かる。
中には顔見知りなのか親しげに声をかけている女性もいる。
自分に向ける表情とはまた別の表情で女性に笑いかけるロイに、エドワードの胸はずきずきと鈍く痛み出した。

「んー……てか、そうだよな。ホーエンハイム先生と閣下が親しいんだから、エドが軍の関係者と知り合いでもおかしくない訳か」
「…まぁな」
「あー…でもさ、分かってたらエドから聞いてもらったのにな。マスタング大佐の焔の錬金術の師匠の話」
「え?」
「焔の錬金術ってマスタング大佐しか扱ってないだろ?僕も独学で勉強してみたけど、やっぱり基本を押さえないと難しくて。そしたら、どうやら大佐には師匠がいるらしいと聞いてさ。その人を探してたんだ」

ケーキを山盛りに盛った皿をエドワードに差し出し、リックはこっそりと耳打ちをした。
反射的に皿を受け取ったが、エドワードの頭の中は真っ白だ。
ロイが自分の父親以外の錬金術師に師事していたなんて知らなかった。

「…で?見つけたのか?」
「それが、所在はおろか名前すら分からなくてすごく苦労してさ。やっと見つけたと思ったら、もう何年も前に亡くなってたんだ」
「へぇ……」

全くの無駄骨だったと嘆いているリックには悪いが、エドワードは生返事を返す事しか出来なかった。

確かにホーエンハイムはロイの師匠ではあるが、錬金術の基本的な事しか教えていないと聞いている。
それこそ兵器として使われるような殺傷能力のある錬成など、ホーエンハイムは研究自体していないのだ。
多少の心得はあるかもしれないが、それを人に、ましてや当時10代の少年だったロイに教える訳がない。
ホーエンハイムは基本的に、錬金術を兵器として使用する事を嫌っているからだ。

だが、ロイが軍人になるつもりでいたなら、エドワード達の下を離れた後、誰か別の錬金術師に師事してもおかしな事ではないのだろう。
改めて、エドワードはロイの事を何も知らないのだと思い知らされる。

「マスタング大佐に直接教えを請う…なんて、無理かな?」
「無理。リックだって錬金術師の端くれなら分かるだろ?ましてや軍人なのに、易々と手の内を明かす訳ない」
「だよなー」

残念そうにしながらも本人も分かっていたのだろう。
リックは本気で残念がる素振りも見せず、手近な軽食を摘むと食べ始めた。
勧められたシャンパンを「未成年なので」と断り、エドワードの分のジュースも一緒に貰ってきてくれる。
彼もエドワード同様この手の場所には慣れているのだ。

「…そういえば、エド。婚約者とはどうなった?」
「え?」
「僕は決死の思いでした告白を一刀両断にされたんだ。その後どうなったか、知る権利あるよな?」

そう言って、リックの青い目がエドワードの真意を暴こうとするかのように煌めく。
ふと思い付いた風を装っているが、彼がこの話題の為にここに来た事は間違いないだろう、とエドワードは目を伏せた。

リックは、エドワードが言った「婚約者」がロイとは知らない―――というか、思いもしないだろう。
一見して結び付かないほど釣り合いが取れていない事は知っている。
そして、実際のところ本当に婚約者などと呼べる関係ではない事くらい自分でも分かっている。

「隠すなって。…で?」
「なんだよ」
「だから、確認したんだろ?あの時僕が言った事」
「俺は……」

ぼそぼそと声を潜めて、エドワードは事実だけを口にした。
仮に周囲に聞き耳を立てている人間がいたとしても、おそらく聞き取れなかっただろう。
当然誰かに悟られるつもりはなかったのだから。

「なるほど……という事は、5分5分か」
「人の話聞いてたのかよ」
「聞いた上で言ってる。よし、目標が出来たな。……ところで、マスタング大佐はまだかな?」
「…まだしばらく戻りそうもなくね?」

チラリと会場を見渡せば、ロイが複数の女性達に囲まれているのが見える。
にこやかに会話をしているのが見て取れて、エドワードは視線を外し、ケーキをつついた。

「俺は別に1人でも大丈夫だぞ?何か用があるんなら行けよ」
「用、っていうか……錬研の仕事が残ってて…」
「仕事放り出してきたのか?有り得ねぇ!」
「しょうがないだろ?エドは連絡くれないし、こうでもしなきゃ会えないと思ったから」
「バカじゃねーの?とにかく戻れよ…また連絡するから!」
「絶対だぞ?」

しつこく念を押してくるリックに蹴りを入れ、「良いから行け」と背中を押す。
名残惜しそうに手を振るリックにおざなりに手を振り返し、エドワードは自棄のようにケーキを頬張った。
ぼんやりしていると負の感情に負けそうになる。
スイーツにはストレスを解消する効能があるんだよな、と言い訳のように呟いて、エドワードはひたすらケーキやフルーツを食べ続けた。










「あら、小さなお嬢ちゃん。パパやママとはぐれたの?」

いい加減胃袋がきつくなり「そろそろ帰りたいな」と思い始めた頃合い。
クスクスと笑いながら声をかけてきたのは、豪華に着飾ったどこぞの令嬢だった。
豊満な肢体を見せ付けるようなドレスは、エドワードですら直視出来ないほどの露出度の高さで、先ほどから周囲の男性の視線を我が物にしている。
その見下ろしてくる目にいくらかの嘲笑が含まれている気がしてムッとして睨み返せば、その真っ赤に塗りたくった唇の端が笑みの形に釣り上がった。

「子供のくせに、身の程を弁えなさい」
「っ」
「どんなコネを使ったのか知らないけど、全然釣り合ってなかったわよ?」

その言葉で、この女はエドワードがロイにエスコートされて会場に入ったのを知っているという事が分かる。
分かっていて、あんな小馬鹿にしたような台詞を吐いたのだ。

「本来なら私がエスコートされるはずだったのに……それを邪魔しておいて、ただで済むとは思ってないでしょうね?」

高飛車に言い放つ女性に、それはあり得ないなと声に出さずに思う。
何しろ彼の傍には、美しいだけでなく知性も教養もある数多の女性達がいるのだ。
この程度の女性をロイが選ぶはずがない。

「子供は子供らしく外で泥まみれになって遊んでいれば良いのよ!目障りだわ!」

一体どれほど悔しかったのか、無言を貫くエドワードに思い付く限りの暴言を浴びせ、自分が如何に優位な立場にあるかを言い募る。
そんな女性をエドワードは可哀想な人だと思う。
おそらくあまりまともに相手をしてもらえていないのだろう。
本当にエスコートされるべき女性であるなら、エドワードにこんな事を言っている間に本人のところへ行き、他の女性達のもとから微笑みひとつで奪い返すはずだ。

「何か言ったらどうなの?」

泣きもしなければ何ひとつ言い返す事もしないエドワードに焦れたのか、女性は綺麗に誂えた眉を吊り上げギロリと睨み付ける。
そんな事をされても辛くも怖くもないのに。
それよりも、さっきからこの女性を射殺しそうな目で睨み付けているオリヴィエの方が怖い。
こんなところで暴れられたら、怪我人が出てしまう。
だが、

「マスタングさん!」

こちらに向かって歩いてくるロイを目ざとく見つけた女性は、エドワードの苦悩にも気付かず底意地の悪そうな表情を引っ込めると、艶やかな笑みを張り付けロイの下へと走った。
そして、その自慢の身体を見せ付けるようにロイに縋りつき、媚びた目で見上げる。
おそらく上官の娘か何かなのだろう。
その表情や仕草からは高慢さが隠しきれていない。


「ロイも大変だな……」


引き攣った笑顔を貼り付けているロイに少し同情しながらも、どこか他人事のようにため息を吐いて、エドワードは2人に背中を向ける。


そして、一目散に近づいてくるオリヴィエに手を振り、これでやっと帰れる、と笑った。



2012/01/12 拍手より移動

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