OH MY LITTLE GIRL | ナノ


13

ホーエンハイムはじめ数名の錬金術師と研究者達は、錬金術及び練丹術の共同研究の為にシンへと旅立つ事が決まっている。
期間は3年。
研究の進展具合に応じて最長5年。
いわば、アメストリスとシン双方の国を挙げての国家プロジェクトだ。
その門出を祝う為に軍部が壮行会を主催するのは、至極当然の事である。


煌びやかに飾られたホテルの大広間には、着飾ったたくさんの人、人、人。
少し息苦しくさえ感じる空間を進めば、控えめに軍服の袖が引かれる。

「エディ?」
「ちょっとタンマ。俺、そっちマズい」
「……何故?」

視線の先にはホーエンハイムはじめ研究者達が談笑している。
今日の主役とも呼べる人達に、何の挨拶もなしという訳にもいくまいに。

「だって、さすがに親父は何も言わないと思うけど、他の研究員の爺ちゃん達は俺の事知ってるもん。こんなとこで注目浴びたくないし」
「そうか……では、どうしようか」

なるほど、このような場では徹底的に他人の振りがしたいんだな、とロイは納得した。
だが、エドワードはどうあれ自分は挨拶に行かない訳にもいかない。
かといって、着いたばかりだというのにいきなり放っていくのは気が引けるのだが。

さて、どうするべきだろうか、と思案しつつエドワードを見下ろせば、後頭部の高いところでひと括りに結われた髪がふわりと揺れた。
清楚なパールの髪留めが、蜜色の艶やかな髪を引き立てている。
身に纏っているドレスは薄い水色で、光沢のある生地の上に同色のシフォンが重ねられ、ふんわりとした、まるで童話の中のお姫様のような可愛らしくも上品なデザインだ。
エドワードの話によると、様々なデザインのドレスを何着も用意された挙げ句、何度も着せ替え人形のように着替えさせられたのだという。

こんなに可愛らしいのだ。
率先して着せ替えを楽しんだのだというオリヴィエの気持ちも分かろうというものだ。
ロイはそう考え、納得したように頷いた。
そして同時に首を捻る。

先ほどエドワードを迎えにアームストロング家の屋敷へと赴いた時。
てっきりまた問答無用で斬りつけられるのではないかと警戒していたロイに、オリヴィエは極めて不本意そうな顔をしながらも黙ってエドワードの背中を押した。
オリヴィエの表情を見る限り現状を認めた訳ではなさそうだが、ロイがエドワードをエスコートする事に文句を言うつもりはなかったらしい。
一体どういう心境の変化があったのか分からないが、暴力に訴えられないのなら助かった。
何しろ、オリヴィエほどの猛者に本気の殺意を向けられては、ロイに手加減が出来る余裕などないのだ。
そしてロイが本気になれば、双方タダでは済まないだろう。
穏便に済ませられるなら、それに越した事はない。
ロイが密かにそう思い胸を撫で下ろした事に、エドワードは気付いていたのかどうか。

「俺は1人で大丈夫だからさ。挨拶とか行ってくれば?」
「え?」
「俺、適当にその辺にいるから。帰りに拾ってくれりゃ良いし」

エドワードの口からポツリと落とされた言葉に、ロイは戸惑う。
確かにホーエンハイムにもそう言われたが…そして自分もそれを了承したが、今ここでエドワードを1人にするには躊躇いがあった。
着いたばかりだというのもあるし、何より今のエドワードは、身に着けているドレスの所為か妙に放っておけないような雰囲気を纏っていて、何というか心配なのだ。
もちろんこの場にはアームストロング姉弟やホーエンハイム、ブラッドレイがいて、それぞれエドワードから目を離さないだろう事は分かっているが。

「いや、しかし…―――」
「あれ?エドじゃないか…久しぶりだな!」

背後からかけられた言葉に驚いて振り向けば、20歳くらいの青年がこちらに手を振って近付いてくるのが見えた。
台詞からしてエドワードの知り合いのようだが、とロイは再びエドワードへ視線を戻して問う。

「エディ。友達かい?」
「あ、…うん。大学の研究班が一緒だったんだ」

そう返しながら青年のもとへ足を向けたエドワードの目に一瞬浮かんだ戸惑いの色を見留め、ロイは首を傾げた。
何か不都合があるのだろうか、と。

「やあ。やっぱり来てたんだね」
「そりゃ、来ない訳にいかねーし……って、なんでリックがいるんだよ?」

エドワードが口にした名前が自分の記憶にひっかかり、ロイは目を瞠った。
確かエドワードが交際を断ったという者の中に同じ名前がなかっただろうか、と。

「親父に頼んで連れてきてもらったんだ。…それにしても、随分可愛らしい格好だな。一瞬誰だか分からなかったよ」
「……ほっとけよ」

エドワードの顔が若干ぶすくれてはいるものの、会話を聞く限りは友好な関係にあるのだと知れた。
恋愛の縺れから事件に発展する事も珍しくはないが、見たところこの青年にはそのような薄暗い陰のようなものは見受けられない。
その事に少し安心して、ロイは改めて2人を眺めた。

ロイと並ぶと幼さが際立つエドワードも、同年代の青年と並ぶと年相応に見える―――いや、それどころかなかなかよく似合っているではないか。
少なくとも、ロイと並ぶと顕著になる違和感は感じられない。
その事に僅かに「面白くない」と感じる自分に首を傾げつつ、様々な分析をしながら眺めていると、控えめにエドワードがロイへ振り返った。
どこか困惑したような、気まずそうな表情で。
その目が何を訴えているのか理解出来ず首を捻れば、不意に青年がロイの存在に気付いたように目を瞬かせた。

「え…マスタング大佐、ですか?…わぁ…お会い出来て光栄です!僕、リック・ハミルトンといいます」

爽やかな好青年らしい笑みを浮かべ握手を求めてくる青年に右手を差し出して応えると、青年はますます興奮したように頬を紅潮させた。

「ハミルトン、というと…錬研のハミルトン教授のご子息かな?」
「父をご存知なんですか?」
「もちろん。とても優秀な研究者だからね。著書も読ませていただいたよ」
「光栄です。僕、今はその父の助手をしているんです。今回のシン行きにも同行する事に…」
「リック!」

青年の言葉にロイが目を瞠ったのと同時、エドワードが青年の腕を引いた。
途端、青年の表情も慌てたものに変わる。

「…ったく、極秘だって自覚あんのかよ」
「ごめん……つい興奮して」

さりげなく周囲を見回し小声で怒鳴り付けるエドワードに、青年は申し訳なさそうに首を竦める。

そう―――シンへ同行するメンバーは、ホーエンハイムと数人の研究者以外は出発まで極秘、なのだ。

国の威信を賭けて行われるこの国家プロジェクトには、実のところ反対している者がいる。
所謂「保守派」と呼ばれる者達は、我が国の独自の財産ともいえる錬金術を国外に持ち出す事を快く思っていないのだ。
現に、このプロジェクトが大総統から発表された後から、軽度のテロ行為が頻発している。
名前が公表されている研究者が誘拐されかけた事もあった。
今はまだ脅しの域を越えないものばかりだが、どんな強行手段に出てくるか分からないのが現状で、随行員を全て公表するのはリスクが高いと判断され、名前が公表されている者達は出発まで軍部が保護しているのだ。

「…さて。俺、ケーキもらってこよっと。ロイは挨拶回りしてくれば?リックもいるし、俺平気だから」
「あ、あぁ…じゃあ、行ってくる。…リック君、この子を頼むよ」
「は、はい」

単純に「連れ」と呼ぶには複雑な相手だが、それでもエドワードを1人にするよりはマシだ。
ロイはそう言ってリックにエドワードを託すと、何となく晴れない気持ちで挨拶回りへと向かった。










「……疲れた」

一通りの挨拶やらご機嫌伺いを終え、ロイは若干くたびれた心持ちで周囲を見渡した。
もちろん、エドワードを探して。
時計を見れば、別れてから2時間以上経っていてパーティーも終盤だ。
まさかここまでほったらかしにする羽目になるとは、ロイ自身思ってもみなかった。
挨拶回りの合間に何度か視界に収めたエドワードが、その都度ケーキやらフルーツなどを元気に食べていたのがせめてもの救いだったが。

ふと視線を巡らせると、真っ赤なドレスの女性の陰にエドワードの姿を見つけた。
手にはアイスクリームか何かを持っている。
どうやらずっと食べっ放しだったらしいと小さく笑い、ロイはエドワードの方へ足を向けた―――瞬間。

「マスタングさん!」

くるりと振り向いた赤いドレスの女性が満面の笑みで近付き、腕に絡み付いてきた。
気合いの入ったメイクを施し、目のやり場に困るような露出度の高い派手なドレス。
さて、これは誰だろうか、と首を傾げる間もなく、女性は媚びるようにロイを見上げ口を開いた。

「お父様から伝言は受け取ってくださいました?私、何度もお会いしたいってお願いしましたのに……もう誘ってくださいませんの?」

お父様…伝言……と脳内を検索し、数ヶ月前に騙し討ちのように見合いを仕組まれた事と、この女性がその時の相手だと思い出した。
中央司令部所属の准将の娘だが、派手好きで気位が高く頭は軽い…と全く魅力を感じられない女性だった為、綺麗に記憶から消去していた。
そういえば件の准将から何度か「娘とデートしてやってくれないか」と言われたが、忙しいのを理由に放置していたのだという事も。
どうやら誘いに乗ってこないロイに痺れを切らし、こんなところにまで顔を出したようだ。
錬金術のれの字も分からないくせに、空気も読めない格好をして。
これで呆れるなというのは無理だろう。

「…申し訳ありません。最近はいろいろと忙しくて」
「少しくらいお時間割いてくださってもよろしいでしょう?」
「その少しの時間も惜しいほどなのですよ。…失礼。連れがおりますので」
「マスタングさん!」

僅かの逡巡もなく背を向ければ背後から金切り声が聞こえてきたが、無視してエドワードの姿を探した。
先ほどまですぐそこにいたはずなのに、いつの間にやら少し離れたところに腰掛けている。
随分待たせてしまったから、疲れているのだろう。
義理なら果たした事だし、さっさと連れて帰ってやらねば。

「マスタング」

だが、足早に向かおうとしたところを呼び止められ、その聞き覚えのありすぎる声の主に慌てて振り向いた。
ロイの背中を冷や汗が伝う。

「アームストロング少将……」
「予定が変わった。北に帰るのは明後日だ。今夜もエドワードは私が預かる」
「は、はぁ……」

どうやらセントラル滞在が1日延びたらしく、オリヴィエはさも当然のように傲岸に言い放った。
まるでロイの都合など知ったことかと言わんばかりにさっさと背中を向け―――そして、ふと思いついたように問う。

「…そういえば。先ほど貴様にへばりついていた露出狂擬いの女は誰だ?」
「は?…あ、中央司令部所属のハインツ准将のご息女ですが……」

それが何か?
そう問いかけたロイは、次の瞬間慌てて口を閉じた。
オリヴィエから並々ならぬ殺気を感じたからだ。


「エドワード、待たせたな。帰るぞ」


オリヴィエはそれ以上は口にせず、身に纏った殺気を瞬時に消すと、エドワードの手を引き、軍服の裾を翻して会場を後にした。


その時一瞬だけ振り返ったエドワードの目が何か言いたげに見えたが、それを問う事は出来なかった。



2012/01/12 拍手より移動

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