OH MY LITTLE GIRL | ナノ


12

―――その日、オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将は実にご機嫌麗しかった。


「エドワード。お前の好きな木苺のタルトがあるのだが、一緒にお茶にしないか?」
「する!」
「おい、アレックス!茶を淹れろ!」
「あ、お茶は俺が淹れる!アレックス兄に教えてもらって上手くなったんだぞ?」
「そうか……では、お前に淹れてもらおうか。アレックス!お前はもう良い!」

実弟をハエか何かのように追い払い、オリヴィエはエドワードの手を引くと、スタスタと屋敷内を闊歩していく。
その足が向く方向に気付き、エドワードはほわりと笑った。
そこは、時々お茶会などが催される日当たりと眺めが良い貴賓室に連なるテラスで、屋敷の中でもエドワードの1番のお気に入りの場所だった。

エドワードは淀みない手順で、既に用意されていたティーポットとカップを温め、計り入れた茶葉にお湯を注ぐ。
口が半分開いているのは、それだけ真剣だからだろう。
茶葉が開くまでの間、タイミングを計る為のどことなくそわそわした仕草が可愛らしく、オリヴィエや居合わせた執事らは思わず口元を綻ばせた。
充分に蒸らされ絶妙のタイミングでカップに注がれた黄金色の液体からは、芳しい香りが辺り1面に広がる。
エドワードは些か緊張気味に紅茶を差し出すと、頬を紅潮させてオリヴィエの表情を窺うように覗き込んだ。

「うむ……美味いな」
「ほんと?」

途端、パアッとエドワードの笑顔が輝く。

「あぁ。アレックスが淹れたものより美味い」
「やったぁ!」

そう言って手放しでエドワードを褒めるオリヴィエは、親や弟妹でさえ見た事もない柔らかな笑みを浮かべた。
その視線はエドワードが可愛くて仕方ないのだと雄弁に語っている。

「姉さま!このタルト美味しい!」
「だろう?他にも方々の店から取り寄せた菓子が山ほどあるからな。好きなだけ食べると良い」
「姉さま、ありがとう!」

頬を染め、にっこりと満面の笑みで礼など言われては、オリヴィエとて脆くも緩みそうになる表情筋を戒める事も叶わずデレデレと相好を崩した。
「ブリッグズの北壁」「氷の女王」と名高い女傑が、である。
もしも彼女の部下達が目にしていれば、恐怖のあまり泡を噴いて倒れるくらいの破壊力だっただろう。
ブリッグズ山だって大規模な雪崩を起こしていたかもしれない。
幸い彼女の部下達はブリッグズ要塞にいるし、ブリッグズ山はセントラルにないので大丈夫だったが。

「なぁなぁ、今日は久しぶりに姉さまと一緒に寝ても良い?」
「もちろんだ。端からあの腐れ男のところへなど返すつもりはないからな」

オリヴィエの脳裏を腐れ男ロイ・マスタングの顔が過る。
昨日トドメを刺せなかった事が実に悔やまれてならない。
フン、と鼻を鳴らし紅茶を1口飲めば、エドワードの眉が困ったように下がった。

「姉さまは……ロイが嫌いなのか?…ロイはいつも優しいし、俺を大事にしてくれてるぞ?」
「それは、お前……」

エドワードの問いに、オリヴィエは思わず口籠もる。
あの男のろくでもない噂なら、それこそ指折り数えても両手両足では足りないほどあるのだ。
その全てが真実だとはさすがに思わないが、火のないところに煙が立たないように、何もないところに噂など立たないだろう。
つまりそういう事だ。

とはいえ、それをエドワードに話して聞かせるには躊躇いがある。
あの男の為ではない、エドワードの為にだ。
純粋培養を地で行く育ち方をしているエドワードには、あの男の爛れた色恋沙汰など汚らわしいにも程がある。
エドワードの可愛らしい耳には、綺麗な音楽や小鳥の囀り以外の雑音など聞かせたくない。
オリヴィエは本気でそう思っていた。

「俺の心配はいらないから……だから、ロイの事許してあげて……」
「…………」

エドワードにそう言われると弱いのだ。
昨日だってあの場にエドワードがいなかったら、オリヴィエは容赦なくロイを痛め付けた事だろう。
一切の躊躇いなどなく。

「……だから昨日、お前はあの男の傍にいたのか?私から、あの男を守る為に」

何しろ本気になったオリヴィエを穏便に止められる人間など、エドワード以外に存在しないのだ。
昨日オリヴィエがセントラルに来る事は、エドワードも知っていた。
誰あろうオリヴィエ本人が知らせていたのだから。

「…………」

沈黙は肯定。
だが、そうだとしたら、エドワードはオリヴィエがロイに刃を向ける事が分かっていた事にならないだろうか。
そして、その理由も。


オリヴィエが初めてエドワードに会ったのは、エドワードが13の時だ。
セントラルの屋敷で行儀見習いをしている少女がいる事は話に聞いていたが、その間オリヴィエが屋敷に立ち寄った事は1度もなく、行儀見習いが修了したエドワードが弟に連れられてブリッグズに来るまで会った事がなかったのだ。

少女は初対面のオリヴィエに澄んだ綺麗な目を真っ直ぐに向け、「師匠が倒した熊を自分も倒したい」と言った。
観賞用に作られた人形のような容姿をした可愛らしい少女が、である。
あまりのギャップにオリヴィエが言葉を失っていると、少女はやたらと真剣な眼差しで「倒せたら自分も師匠のような素敵なお嫁さんになれるかもしれないから」と目を輝かせて言い募ったのだ。

思えば、その頃から突拍子もない娘だった。
そして、言い出したら聞かないのだった。


「…分かった。あの男を始末するのは一先ず止めておこう。…だが万が一、あの男がお前を傷付けるような事があれば、その時は容赦せんからな?」
「…大丈夫だよ。そんな事にはならないから」

まるで分かり切った事のように言い切るエドワードに、オリヴィエは首を傾げた。
それは、あの男に対する信頼なのか、それとも諦めなのか。

いずれにしてもエドワードには悲しい事のような気がして、オリヴィエは小さくため息を吐いた。










「さて。お前もそろそろ寝る時間ではないか?」
「まだ眠くないもん。もっと姉さまの話が聞きたい!熊太郎の話もまだ聞いてないし!」
「熊太郎?……あぁ、お前が倒した後に手懐けた熊か。それならまた明日話してやるから、とりあえず風呂に入れ」
「やだー」

暴れるエドワードの首根っこを捕まえ、オリヴィエは自室に連なる専用のバスルームのドアを開けた。

「ほら、自分の顔を見てみろ」

鏡の前に立たせ、エドワードの顔を覗き込む。
ぶすくれた顔をしているが、エドワードは言われた通りに鏡へと視線を寄越した。

「分かるだろう?なんだ、この隈は」

そう言ってオリヴィエが目の下をなぞると、一瞬エドワードの身体が緊張の為か強張った。
再会してからずっと気になっていたそれは、エドワードの色白の肌に暗い陰を作っていて、オリヴィエには不憫でならない気持ちにさせる。

「お前、ちゃんと眠ってないのだろう?」
「寝てる」
「嘘を吐くな。さぁ、早く風呂に入れ」

オリヴィエとてエドワードの強情さは知っている。
だが、問い詰めるより今は少しでも早く眠らせる事だ、とエドワードのワンピースを脱がせ、オリヴィエは目を瞠った。

「お前……下着はどうした?ちゃんと着けていただろう?」

ワンピースの下にはキャミソールが1枚。
本来胸元に着けているはずの下着が見当たらないのだ。
以前はちゃんと着けていたのをオリヴィエは知っている。

「このキャミソール、分厚いから大丈夫だもん」
「だが、お前ももう15だろう。嗜みとして着けておけ」
「だって、どうせあんまり必要ないし……」

そう言って、エドワードは自分の胸元に視線を落とした。
ほとんど膨らみのないそこは、とても15の娘のものとは思えないほど貧相で、むっ、とエドワードの眉間に皺が寄る。

「オリヴィエ姉さま……俺、聞きたい事ある」
「なんだ?言ってみろ」
「あのね。おっぱいって、どうしたら大きくなるの?」
「は?」

やたら真剣な目で問われ、オリヴィエはポカンとした表情で言葉を失った。

「姉さま?姉さま聞いてる?」
「あ、ああ……いや、お前……そんな事を聞いてどうする?」
「だって、ブラ着けたってずれるんだもん……どうせ俺、ぺったんこだし、全然大きくならないし……あんなの着けてる方がおかしいもん」

目に一杯涙を溜めながら、エドワードは唇を尖らせて言った。
どうやら思いの外気にしていたらしい。
オリヴィエは困ったように眉尻を下げ、それから口を開く。

「お前は、歳の割に身体が小さ…」
「ちっさくなんかねー!!」
「うるさい。黙って話を聞け!」

オリヴィエはいきり立ったエドワードの頭に1発拳骨を食らわせた。
可愛がっているとはいえ、こういうところは容赦がない。

「確かに、お前は見たところ成長が遅い。だが、今のままという事もあるまい」

そっと抱き寄せれば、未発達な小さな身体はオリヴィエにしがみ付いてくる。
端から持ち合わせていないと思っていた母性本能が擽られるのは、この子を相手にしている時だけだ。

「そうだな……もう少し大人になれば、」
「なれば?」
「お前は、皆がびっくりするような綺麗な娘になるだろう」
「……ほんとに?」
「私が保証しよう。だからお前は、決して自分を卑下してはいけない。常に自分に誇りを持て。良いな?」
「…はい、姉さま」

真っ直ぐ見上げた目にはもう涙はなかった。
そして、そこには何か大きな決意のようなものが見え隠れしているようにも感じられたが、その時のオリヴィエにはそれ以上覚る事は出来ず。


「何かあったら私のところに来い。私は、お前の父や閣下よりはお前の気持ちを分かっているつもりだ」


そう言ってエドワードの頭を撫でるのみだった。



2011/08/19 拍手より移動

prev next

- 12 -

back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -