OH MY LITTLE GIRL | ナノ


11

衣擦れの音に目を覚まし隣のベッドに目をやれば、エドワードがこちらに背を向けて着替えているところだった。
歳の割に小柄だとは思っていたが、露になったその背中の小ささや身体の線の細さ、おまけにその胸元にその手の下着を着けていない事に愕然とする。


―――つまり、まだ必要としないサイズという事ではないか、と。


「よいしょっと」

ロイが目を覚ましているとも知らず気前よくパジャマを上下とも脱ぎ捨てたエドワードは、頭からズボッとワンピースを被り背中のファスナーを上げると、脱いだパジャマを畳んで立ち上がった。
フリルの付いた裾がふわりと揺れる。
今日の格好も随分と愛らしい。

「んー…昨日のバゲットが残ってたから……今朝はあれでプディングにしようかな。あ、シナモンあったっけ…?」

ぶつぶつと今朝の献立を思い描きながら、エドワードは1度も振り向く事なく寝室を出ていった。
最後までロイが目覚めた事には気付かなかったらしい。

「……まいったな」

一方、残されたロイは、打ち拉がれたように頭を抱えていた。
もうすぐ16だというが、エドワードには成熟の「せ」の字も見当たらない。
あれでは正真正銘の子供だ。
その子供との関係に「結婚」や「婚約」などという枕詞が付くだけでも犯罪臭い。
これはもう、年齢差がどうとか以前の問題ではないか。

「手を出したら犯罪者だな…………いや、出す訳などないが」

自分で口にしておいて、我に返って慌てて否定してみる。
別に、本当に結婚しなければならない訳ではないのだ。
周囲の人間は皆反対しているし、自分にだってその気はない。
エドワードに諦めてもらうように仕向ければ良いのだから、手を出す事態になんてなるはずがない。

「だが、なぁ…………」

ロイの胸には何とも知れないモヤモヤとしたものが渦巻いていた。
理由なんて分からない。


要はまぁ、とにかく衝撃を受けたのだ。
己の想像以上に幼かったエドワードに。










「じゃあ、今日は姉さまのとこ行ってるから。夜までに帰るな?」
「久しぶりなんだろう?なら、少将がセントラルにいる間、泊まってくれば良い」
「え……?」

ロイの言葉に、意外な事を言われたかのようにエドワードはキョトンとした。
生真面目なところがあるエドワードの事だ。
きっと自分が滞在する間は完璧に家事をやるつもりでいたのだろう。
少しくらい遊んだって構わないのに。
その一途で真っ直ぐな子供らしさが可愛くて、ロイはエドワードの頭を撫で、小さく笑った。

「でも……ご飯……」
「元々、普段から終業時間もバラバラなんだ。いつも決まった時間に帰れる訳ではないから外食が主だし。今までだってそうしてきたんだから、私の心配は要らないよ?」

あんなに親しそうなのだ。
久しぶりなら尚の事、積もる話もあるだろう。
それに、昨日の様子からしてオリヴィエがあっさりとエドワードを手放すとは思えないし、エドワードだって1人で寂しい思いをしなくて済むのだ。
その方が良いに決まっている。

「だから、ゆっくりしておいで」

そう付け加えれば、エドワードは少し迷うように視線を彷徨わせた。
何か言いたそうに口がもごもご動くのを黙って見ていたが、結局何も言わず、エドワードは小さく頷いた。











「やぁ、ロイ君。エドワードは諦めそうかい?」

司令部に着き、執務室へ足を踏み入れると、ソファに踏ん反り返っているホーエンハイムがいた。
早速とばかりに問われた内容に、ロイは一気に今日1日分のやる気を奪われた気分になる。

「いえ、……というか、まだ何も」

諦めさせるも何も、割と普通に仲睦まじく過ごしていたような気がして、ロイは苦笑した。
大体、簡単に「諦めさせろ」などと言うが、そもそもどうすれば諦めてくれるのかよく分からない。
それも、傷付けないようにとなると大変難しい。
彼女自身が自分の勘違いに気付いてくれれば、話は早いのだろうけれど。

「君さ……あの子と結婚する気ないんだよね?」
「は?……あ、あぁ…はい」

ふと、今朝見た小さな背中を思い出す。
少女と呼ぶにも決定的に丸みの足りない身体。
あの子は、本当にまだ小さな子供なのだ。
それを見て湧き上がったのは昔と変わらない庇護欲であり、決して劣情などではない。
申し訳ないが、あんな幼い子供と結婚なんて考えられる訳がないと思う。

「なのに、そうやって君は、私の大切なあの子を弄ぶつもりか?」
「は!?」
「適当に優しくして、適当に甘やかして……そうやってあの子の心が離れていかないようにしてるんだ!そうだろう!?」
「まさか、とんでもない!」

確かにエドワードの成長を楽しみに思う気持ちはあるが、それは父親や兄が抱く気持ちに等しいものだ。
童話の魔女じゃあるまいし、太らせて食おうなどという考えはない。

「私は、エディが大切です。誰よりも可愛いし、幸せになってほしい。…ですが、私はあの子を女性として見る事は出来ません」

そうはっきりと言い放ったロイの言葉に、ホーエンハイムは表情を曇らせた。
いくら反対しているとはいえ、報われない娘を不憫に思ったのだろう。

「あの子は…私の中ではまだ、ほんの小さな子供なんです」

目蓋を閉じれば、鮮明に思い出せる。
ロイを慕って甘える小さな小さな女の子。
抱き上げるとミルクの匂いがして、柔らかくて、お日様みたいに笑う可愛らしい子供。

あれから12年の歳月が経ち、ロイは様々な経験を重ねてきた。
士官学校を出て軍人になり、内戦にも参加した。
任務とはいえ人を殺したし、たくさんの無惨な光景を見てきた。
自分はもう、あの頃のような純粋な気持ちをなくしてしまったのだ。

夢を捨てた訳ではない。
むしろ思いはより強くなった。
だが、その道を進む為には綺麗事だけでは済まないのだと知ってしまったから。

「エディと一緒にいると、まるであの頃に戻ったかのような凪いだ気持ちになれる。私がまだ、純粋に夢を追えていた頃の……あの子を、歳の離れた妹のように大切に思っていた頃の気持ちのままに」

誰よりも大切で愛しい。
けれど、これは恋ではない。

「私の気持ちは、あの頃と寸分足らず変わらない……それはきっとエディもでしょう。あの子は勘違いしてるんです。私を、兄のように慕っていた幼い頃の思いを、恋だと」
「ロイ君…………」
「冷たくすれば、諦めてくれるのかもしれません……ですが、傷付けるかもしれないと思うと、私には突き放す事も出来ない。ヘタな期待はさせていないつもりですが……」
「そうか…………分かった」

ホーエンハイムはそう言うと、何やら読めない表情で頷いた。
それから紅茶を飲み干すとおもむろに立ち上がり、いつも通りののほほんとした調子で口を開く。

「君、壮行会には来てくれるんだよね?」
「え?…あ、はい。それはもちろん……」
「なら、当日のエドワードのエスコートをお願いしても良いかな?」
「は?」

今の話の流れから何故そんな話になるのか。
思わずマヌケな声が出たロイに、ホーエンハイムはのんびりとした口調で続けた。

「私が連れていると、何かと面倒な事になるのでね」
「面倒な事?」

確かにこの親子は、一緒にいると何かといって揉めては面倒を起こすのだが……そういう事ではないのだろうか、とロイは首を傾げた。
それにはホーエンハイムも苦笑を返す。

「君にも覚えがあるだろう?どこぞの将軍や富豪の娘と引き合わされたり、見合いさせられたり……」
「まさか、エディにもうそんな話が?」
「どの業界にも、血縁関係を結ぶ事で簡単にコネを得ようとする輩がいるんだよね。そして、そういう輩ほど手段を選ばないから厄介なんだ」

国宝級の錬金術師の娘で、尚且つ大総統にも我が娘のように可愛がられ、国内屈指の名家であるアームストロング家と縁が深いとなれば、手に入れたいと思う者がいてもおかしくはない。
ましてや、今はまだ幼いばかりだが、いずれ成長を遂げれば大輪の花を咲かせるだろう素晴らしい素地の持ち主だ。
手を打つなら早い方が良いと考えるだろう。

「あの子はそういうのを嫌ってね。そのような場では私と他人のふりをしたがるんだ。だからといって1人放っておく訳にもいかないし……お願い出来ないかな?あぁ、別に婚約者として振る舞えなどとは言わんよ?」
「私も付きっきりという訳にはいきませんが……それでも大丈夫ですか?」

何しろ軍部主催のパーティーだ。
おそらく軍上層部のお歴々達も多数出席するだろう―――となると、ロイとてしがない中間管理職である。
古狸達への挨拶やら何やらで会場内をうろうろしなければならないのは目に見えているのだ。

「構わんよ。要は、会場まで連れてきてくれれば良いんだ。あの子もああいう場には慣れてるからね。会場に入りさえすれば、後は1人で適当に遊んでるから。まぁ、私も目は離さないつもりだし」
「分かりました」

ホーエンハイムはにこやかにそう言うと、「じゃあ、頼んだよ」とロイの肩をポンポンと叩いて執務室のドアを開けた。


「いや〜…あの子に付く虫になりえないと思うと、好きなだけ扱き使えるなぁ……うん、実に便利だ」


そんな一言を残し、ガハハと高らかに笑って、ホーエンハイムは鼻歌交じりに去っていく。
ロイの今日1日分のやる気を、綺麗サッパリ奪い取ったままで。



2011/08/19 拍手より移動

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