Eques.
理解

「メルヴィン・フェリックスね。私はハンジ・ゾエ。よろしく」
「あはは、よろしくお願いします。自己紹介なんて今さらな気がしますけど」
「喋れる状態じゃないくらいダウンしてたでしょうが」

ようやく微熱程度まで下がったメルヴィンとようやく対面にまともな会話を紡ぐ。やはりメルヴィンの顔には笑みが浮かべてあった。額を小突いてやると、すいませんと眉をハの字にする。でも笑みを崩さない。

「なんかメルヴィンって掴めないなー」
「っ、そうですか?」
「うん。メルヴィン―――ってか、メルって呼んでいい?」
「…ゾエさんが好きなように呼んで下さい」

名字で呼ぶメルヴィンに話し掛けようとしたとき、乱暴に扉が開けられた。

「調子はどうだ?」

入ってきたリヴァイが仏頂面でぞんざいに話し掛ける。メルヴィンが笑顔で頷くと、舌打ちをして壁に寄りかかった。

「遅ぇんだよ。ただでさえ人員不足だってのに」
「すいません。休んだ分は好きなように使って埋め合わせて下さい」
「当たり前だ」
「メルが病み上がりってこと、ちゃんと考慮してあげなよ」

ハンジの一言にリヴァイは一瞬目を細めたが何も言わずに出ていった。そして残された二人の間に沈黙が落ちる。

「それじゃ、私戻るね」
「はい。ありがとうございました」
「医務室が満室だったから応急処置程度しかできてないんだからね。ちゃんと後で診てもらうこと」

一言釘を刺してハンジは手を振るとメルヴィンも手を降り返した。
微熱まで下がって傷も順調に治ってるようだ。でも傷が塞がったからといって、右目が見えるかは分からない。本音を言うなら医務室まで付き添いたかったのだが、如何せんハンジも暇ではない。その上看病に時間が取られているのだ。

「(もし見えないまんまだったら…)」

不安になって廊下で立ち止まる。人気の少ない廊下であるため、急に足を止めたハンジを咎める者はいない。その静けさはハンジを苛む。静けさは思考を深める。気分が落ちているせいか思考は最悪の方にしか進まない。

「(いっそ責めてくれた方が楽なのに)」

逃げに回っているのは分かっている。しかし、ただ一言『私があの時失敗しなかったら』という言葉を待っていた。そしたら私は……そこで思考を止めた。目の回復を祈って実務へ戻った。


包帯から眼帯へ変わった頃、リヴァイがメルヴィンを馬車馬のように働かせ始めた。調査兵団でもメルヴィンを不憫がるほどには話題になっていた。
そして、ハンジはあの後メルヴィンとまともな会話をすることなく3ヶ月が過ぎた。
ハンジがエルヴィンと共に食堂で昼食をかきこんでいると偶然、リヴァイと心無しか疲れた様子のメルヴィンが現れた。ハンジが二人を呼ぶと向かいの長机に並んで座る。

「お疲れー」
「お疲れ様です」

ふぁ、と欠伸を噛み殺し今にも机に突っ伏して寝そうなメルヴィンを見てハンジは横目でリヴァイを窺うが何食わぬ顔でコーヒーを啜っている。
エルヴィンがメルヴィンにコーヒーを勧めるが、寝不足続きが祟って胃が弱っているそうな。さすがにエルヴィンもリヴァイを見るがリヴァイはさして気にした風もなく昼食をかきこんでいる。
さすがにハンジもエルヴィンも顔を見合せて苦笑を溢すしかなかった。完璧に寝入ったメルヴィンを確認するとハンジは声を潜めてリヴァイに話し掛けた。

「ねぇ、メルの目の調子、どうなの?」

その問いにリヴァイは食事の手を休めた。隣で寝入っているメルヴィンの横顔を見て、ハンジに視線を寄越した。

「この間、傷が塞がったって言っていたから見せてもらった」

リヴァイは言葉を切ってお世辞にも柔らかいとは言えないパンを一口含む。

「あの目じゃ、もう『視る』ことは無理だ」

息をのんだ。最悪の事態を想定していたはずのなのに言葉を紡げなくて、口を開閉させているとリヴァイから口を開いた。

「傷口見てねぇのか?コイツ、眼球自体に傷入ってんだよ。しかも白目じゃなくて瞳にな」

視える筈がねぇ。
そう言ってリヴァイは昼食を再開した。エルヴィンもメルヴィンを一瞥した後に食べ始めた。
一人、ハンジだけはスプーンを逆手に持ちスープ皿に突き立てた。思いの外音が響き、周囲の手を止める。

「っざけんなよ…。何が『良くなってます』だよ」

眠っているメルヴィンの胸ぐらを掴んで立ち上がらせる。

「最初から『視えない』って判ってんだったらそう言えよ!!なに黙ってんだよ!?」

ガクガクとメルヴィンの身体を揺らすが、当の本人は今の今まで寝ていたのだ。突然のことに唖然として疑問符を浮かべている。再び口を開こうとしたが、エルヴィンが仲介に入ることで阻まれた。
互いに腰を下ろし、メルヴィンは覚醒した脳で先程のハンジの言葉と状況から寝ていた間のやり取りを察する。

「どうして……」

メルヴィンがぼんやりと呟いた。
伏せていた目をハンジへと焦点を向けた。

「どうしてゾエさんはそんなに気になさるんですか…?」
「…は……?」

この傷は僕自身が負ったものですよ。
ひどく不思議そうに首を傾げて問い掛けてくるメルヴィン。

「なんでって…『心配』しているから、でしょ…」
「『心配』?どうして親しくもない僕の…?」

呆然と答えるハンジに訳が解らないと顔をしかめるメルヴィン。異様な空気に包まれそうになったところをリヴァイがメルヴィンの肩を掴み、向かい合わせるともうひとつのパンを口に突っ込んだ。

「てめぇらの押し問答に興味はねぇが、メル。午後も仕事あることを忘れちゃいねぇだろうな」

こくこくとメルヴィンは頷き、リヴァイから掴まれているパンを咀嚼する。
そして、食事を終えた二人が食堂から出ていく姿を何か言いたそうにハンジは見ていた。



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