Eques.
新人隊員

風の噂で聞いていた。
訓練兵を首席で卒業し機転が利いて、立体機動装置を駆使して己の手足のように扱い、舞うように機動すると。
しかし、それはたかが噂であって、平和ボケしている訓練兵の中で首席を取るのは努力が要るものの、難しいことではない。憲兵団入りを目指す者の抗争も激しいものでもない。結果、成績がどうだのよりも実戦で使えるか使えないか。喰われるか抗えるかなのだ。

「(まぁ、実力があるのならば生き残ってるでしょ。そうしたら何処かしらで会うだろうし)」

さして興味のないハンジはそう考えていた。
ここ数年の訓練兵の中で優れた兵士。
しかし、ハンジはリヴァイという少しチートがかった本物の天才を見ているのだ。
リヴァイより強いなんて絶対にあり得ない。
そう思っていたからこそ、関心は薄かった。





新兵を迎えての壁外調査を終えてもう数ヶ月が経った。噂の新兵はリヴァイと連携を取って何十もの巨人を倒したらしい。

「(あのリヴァイと共同戦線張ろうだなんて物好きもいるもんだねぇ)」

ちらりと覗かせた好奇心は、しかし風船が萎むようにすぐに消えた。そんなとき、言われたのは壁外調査。またか、という呆れ。新兵の出来が良かっただのは聞いたが、こうも間も置かずに出陣するのかと。
渡された資料には、どうも噂の新兵は己の後ろの隊らしい。

「(足引っ張らないといいけど)」

そして壁外調査当日を迎えた。
運悪く土砂降りの雨で視界がすこぶる悪い。きっと生存率はいつもの倍低いだろう。
そうこう考えているうちに巨人が現れた。しかも一体や二体ではない。視界が悪いため確認出来ないが、恐らく巨人に接触しすぎた。素早く立体機動に移り巨人を掃討するも、如何せん数が多い。
ハンジが援護を期待して後ろの隊を見るが、どうやら後ろも交戦しているようであてに出来ないらしい。
全く面倒だと、怒りと憎しみを巨人に叩き付けた。が、それは浅かった――――。
後ろから斬りかかり、勢いのまま巨人の足下へと着地したハンジは次の巨人の動きに備えて、着地と同時に右に転がった。トリガーを出そうと構えた瞬間、その巨人のうなじに人影が見えた。それがうなじを削ぐモーションを取ったが、何故か巨人からではなく人間から出血した。
なまくらのブレードが力に耐えきれず、折れた刃がその人物の右目を襲ったのだ。
しかしそれは動揺することなくブレードを取り換えるとうなじを削ぎ、顔から倒れた巨人のうなじから降りてハンジへと歩んできた。

「大丈夫ですか?」

マントの端を千切り簡単に止血し、顔に笑みを貼り付けた人物がハンジに具合を尋ねる。唖然としていたハンジは我に帰った。

「こっちのセリフだよ。大丈夫?すごい出血だけど」
「目の近くの出血はこんなものでしょう。心配は要りませんよ」

痛みに顔を歪める訳もなく、失敗したと苦笑する訳もなく、ただ何事もないように笑みを浮かべていた。それがハンジの目には異様に映る。ハンジは馬に乗って嫌がる怪我人を無理やり補給班と合流させた。
ちょうど視界が悪いため、撤退命令を出されたところだった。

「運がいいですね、僕」

なんて間の抜けたことを笑顔で言う彼にますますハンジは目を疑う。
こんな気概のない者が何故調査兵団などに入ったのかと。
彼は簡単に処置されて馬に跨がると、まだ前線が戦っているであろう方向へと馬を走らせた。思ってもない行動に慌ててハンジが後を追う。

「まさか戦うつもり!?」
「だって、まだ戦ってるんでしょう?兵力は多い方がいいですし」
「怪我してる君は足手まといになるだけだよ」
「足手まといなら足手まといらしく、身代わりに喰われることくらい出来ますよ」

事も無げにハンジを見てにっこり笑みを溢すと、馬の速度を上げた。ハンジも負けじと追う。彼の言う通り前線は巨人に囲まれるような形で残っていた。リヴァイが内側から減らしているようだが難しいようだ。

「リヴァイさんが内側(ウチ)からなら、僕は外側(ソト)だね」

言い終わると同時に立体機動に入り巨人を減らしていく。ハンジもメルヴィンの言葉に首を傾げつつ彼に続いた。
そして、ハンジは討伐しながらも彼を盗み見る。
リヴァイまではないものの、彼の動きには目を見張るものがある。しかもその動きに緊張感はなく、言ってしまえば、まるで散歩しているような気楽さである。すれ違い際にうなじを削いでいくような動きで、構えているようなきらいだ。巨人の攻撃もひらりとかわす。
どれくらい経っただろうか。お互い補給班で足したブレードが残り一対というところで巨人の囲いがなくなった。彼はリヴァイの姿を見付けると、暢気な声音で彼を呼び手を振った。
今回の壁外調査で失った兵力は大きい。しかし、状況に反してこれは少ない方であった。それは間違いなくハンジと新兵の働きである。団長からひどく称賛された。彼は笑って受け流していたのだが、兵団の本部に着くやいなや倒れた。
どうも傷からの発熱が雨で拍車が掛かったらしい。偶然近くにいたリヴァイが部屋まで運び、彼のケガの責任を感じているハンジは付き添う。

「運んでくれてありが――――」
「礼はいい。早く処置してやれ」
「え、医務室に……」
「壁外調査の後だ。人手が足りねぇからな。これくらいのことは兵士間で十分だ」
「十分って…もし、処置を間違えたら失明するかもしれないんだけど!?」

リヴァイの言葉にハンジは寝かせた人物を見下ろした。
動いたせいで右目からのひどい出血は包帯を真っ赤に染め、雨で悪化した熱は彼を苛んでいる。

「あ、は…リヴァイ、さん。これくらい、自分で、できますよ?」

彼はフラフラしながら上体を起こしたがリヴァイが肩を押すとベッドに倒れ込む。ハンジがここを離れれば、無理をするのだろうと安易に想像できる姿に呆れとも笑いとも取れる声が漏れた。

「私が看病するから寝ててよ。助けてくれたお礼」

ハンジが彼に布団をかけてやると困ったように眉を下げて笑ったが、安心したのかすぐに意識を飛ばした。リヴァイはすぐに姿を消し、ハンジは看病と応急処置をするための用意を始めた。
数日間高熱が彼を襲ったが、ハンジの甲斐甲斐しい看病のお陰で回復へと向かう。







ハンジはあらかた落ち着いた容態に安堵すると、どっと疲労が押し寄せベッド縁で眠りに落ちた。彼はタイミングがいいのか悪いのか目を醒ました。上体を起こしクスリと笑うと、ハンジが着せたのだろうカーディガンをハンジに掛けてやる。
幸い自室だったので手持ちの本で時間を潰していたら、ハンジが目を醒ました。慌てた様子のハンジに笑みが溢れる。

「おはようございます。お疲れ様でした」

そう言った彼の身体は未だ微熱を孕んでいた。



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