騙して笑って欺いて「昨夜、失敗した隊士らが市中にて不貞浪士と遭遇…」昨晩について話し始めた斎藤。あくまで淡々と話す彼の言葉に、主観など混じっていない。斎藤の声以外にこの部屋に音はなく、部屋にいるすべてのものが彼の言葉に耳を傾ける。緊張と好奇、そして殺気が室内を満たし、圧迫する。ピリピリと糸を張ったような空気が、頬に手に切り傷をつけている。そんな気さえするほどに、私の存在はこの場所には異質だった。私は言葉を発したほうがいいのか、否か。まぁ状況から考えて、前者が妥当だと思うが、下手に出れば揚げ足をとられてしまう。とりあえず、知らぬ存ぜぬで押し通すのが限りなく正解に近いのだろう。昨日の夜、羅刹を殺しているところは誰にも見られていないはずだ。私が奴等に手を下していた時、沖田や斎藤、土方とは十分離れていた。私はその場にたまたま居合わせたことにすればいい。そうすれば、きっと私は助かるだろうから。物語が進むために、必然的に。「俺達が駆けつけた時には既に不貞浪士、及び隊士たちが何者かによって無力化されていました。そしてその場にて、この者と遭遇しました」「私、何も知りません」斎藤の言葉が途切れるや否やすぐさま否定の声をあげる。事実はどうであれ、自分を守るためにまずは否定する。何がなんでも、だ。彼の状況説明は非常に的確だった。無駄もないし、伝えたいことを述べている。何より“事実”を語っていた。ただ、彼の言葉には説明していない事実が二つだけ存在している。それは、私が沖田と斎藤の名前を知っていたということ、そして、私が沖田と剣を交えたという二点である。まるでその事実そのものがなかったかのように、すっぽりとそれだけが説明から抜け落ちている。言い忘れるにしては重要すぎる内容のはず。沖田や斎藤の名前を知っていたのは京で噂の新選組で有名だったから、で説明が付くかもしれないが、後者はそうもいかない。並大抵の腕では沖田とやり合うなんてことは出来ない。だからこそ、私に剣術の実力がある事実は、私が何処かの組織の間者である可能性を示している。何故、私の存在が危険なことを公言しないのか。敢えて言わないでいるのか、もしくは既に皆に伝えていて改めて言う必要がないのか。私を殺す切り札にするためにわざと言わないでいるのだろうか。まさか、私を助けようとしているのだろうか…?これが下手くそな説明であれば納得がいく。ただ単に言い忘れた、で済む話だから。しかし今回は違う。完璧な説明だからこそ、反ってそれが矛盾している。なんで、それだけを言わないのか。何か、意図があるのかもしれない。しかし意図があったとしても、私には斎藤が一体何を考えているのかわからなかった。まるで感情を読み取れない彼の表情に、言葉に、妙に焦りを感じた。( 23 / 41 )[ *prev|next# ] ←back -しおりを挟む-