『好き』と言えば終わる関係



敏弥がシャワー室から出て来て、ベッドの脇にあるサイドテーブルに置いた胸糞悪いリングを左手薬指に入れるのを。
俯せに寝転がって顔半分だけ枕に埋めた状態で眺める。

敏弥はいつも、ヤる時は必ずそのリングを外す。
いつも付けとる癖に。


そのリングが何を意味するかなんて、聞かなくてもわかるモンで。
身体中が気怠い疲労感に襲われる中、胸ん中は掻き毟りたい衝動に駆られる。


「京君、起きて。自分の部屋戻りなよ」
「……怠い。嫌」
「嫌じゃねーだろ。俺もう眠いしさ。起きてよ」
「………」


視線だけを動かして、ベッドに片手を付いて、僕を揺り起こす敏弥の顔を見上げる。

自分だけ先にシャワーを浴びて、部屋着に着替えて何事も無かったかの様な顔をする。

さっきの情事が、嘘の様な。


「まだえぇやん、別に…動きたくないし…」
「もー…そのまま寝ないでよ?」


敏弥は溜め息を吐いて僕から離れて、備え付けの冷蔵庫ん中から買っとったっぽい缶ビールを取り出した。


遠征先のホテルの部屋。
一人部屋が与えられとる中、敏弥は僕が誘えば大体断らへん。

昔からの延長。

昔僕が精神的にキとった時、敏弥はずっと傍にいてくれて凄い優しくしてくれた。

精神的に敏弥に寄り掛かっとった部分が大きかったし、こん時は恋人より何より敏弥が必要やって感じた。

けど、敏弥が必要としたんは僕や無くてあの糞ガキやったみたいで。
いつの間にか付き合っとって、敏弥は遊びを一切やめた。


それ程、あのガキが大事なんかってムカついて。
ヤらへんのやったら死んでやるって、敏弥に言うてから。


困った様に笑う敏弥に、ホンマ優しく抱かれたんが最初やったな。

もう何年経ったんやろ、この関係。


「つーか京君、オフん時に呼び出すのやめて。俺前にもルキ君といるから無理って言ったよね」
「知らんし、そんなん」
「本命と別れたのも知ってるし、寂しいのはわかるけどさー」
「………」


ちゃうよ。

女と別れたから寂しいんとちゃう。

敏弥を好きになったから、他の奴に興味が無くなっただけ。
鬱陶しくなったから女を家から出て行かせた。


そんな事、言うてもお前には通じへんのやろな。


なぁ、僕とあのガキって、どう違うん?


喉から出かけた言葉を必死で飲み込む。
そんなガキみたいな事言うたら、敏弥は迷わず僕を捨てる。

1回、僕にもヤラせてって言うた時、あのガキといつヤるかわからんから無理って言われてムカついて。
無理矢理組み敷こうとしたら、本気でキレて殴られた。


敏弥は、あのガキの方を優先するんなんか身に染みてわかっとる。


やから余計ムカつく。
けど、僕の方が離れられへんから悔しい。


別れればえぇのに。


椅子に座って足を組んで、ビールを飲む敏弥を見ながら気怠い身体を起こして、シーツの上に座る。


したら、敏弥の携帯の着信音が部屋の中に響いた。
敏弥は携帯のディスプレイを見て、名前を確認してまたテーブルに置く。

着信音は鳴ったまま。


「…出たらえぇやん」
「後で掛け直すよ」
「ふーん」


あのガキから電話なんやなって思うと、また胸ん中がもやもやする。
自分の部屋に、帰るんが嫌や。

僕が帰ったら、僕とヤッた事なんて無かった事にしてあのガキと電話するんやろ。


ベッドの上から、脇に置かれたゴミ箱ん中に捨てられたくたびれたコンドームが見えた。


着信音が止んで。
また部屋に静寂が戻る。


「…あ、ルキ君が京君と話したいって言ってたよ」
「は、誰があんな猿真似しとる奴と喋んねん」
「もー、ルキ君だって頑張ってんだから」
「知らん。僕興味無いし」
「ま、そうだろうね。そう言う媚びねー所が好きだけどさ」


敏弥と付き合っとるからって理由抜きにしても。
僕はあのガキのバンドには一切興味無いし、聞く気も無い。


わざとか何なんか、敏弥は薄く笑みを浮かべてアイツの話をよくする。
まるで僕にあのガキの存在を知らしめとるみたいに。


「…部屋、帰る」
「そう。出る時、薫君達に見つからない様にしてね」
「わかっとるし。服取って」
「んー…、はい」


敏弥はビールをテーブルに置いて、床に脱ぎ散らかした服を集めて僕に渡して来た。


ベッドから降りてさっさと服を身に付ける。
敏弥はその間、携帯をイジっとって。


「じゃー京君おやすみ。明日寝坊すんなよ」
「わかっとるわ。ほなまたな」
「うん」


『また』と言う言葉がいつ拒否されるかわからへんくて、この瞬間が一番怖い。

僕が部屋を出てったら、敏弥は何食わぬ顔で風呂入っとったとか言い訳にあのガキに電話するんやろ。


ホンマに残酷や、敏弥。
恋人とヤッとる様に錯覚させる、優しい抱き方も。

気紛れに好きって言う事も。


全部全部、僕の心を抉る。


敏弥の部屋から廊下に出て扉を閉める。
その扉を背に、身体を預けた。

したら中から敏弥の話し声が微かに聞こえて来て。


泣きそうになる。
誰がどう見ても、邪魔者は僕や。


『好き』って言うたら、この関係は終わる。

その勇気は、僕には無い。



END


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