彼は本気で心配していたB
「すいません、関係ないのにお店の案内まで」
「かまへんかまへん、駅へ向かうついでみたいなもんです」
「はんちょ、ここ最初に行きたい言ってたもんね」
「結局あたしらも買っちゃってるし」
「……うん」
 4人でお土産用の袋を手にしながら、京福電鉄の嵐山駅へ向かう。時々さっき手に入れた袋を顔の前に持ち上げて、その度に顔がにやけてしまう。
 駅へ向かう途中、綾小路さんが駅から2ブロック先にある金平糖屋まで案内してくれた。元々の予定では、ここでの買い物は含まれていなかった。時間が余ったら少し寄らせてもらうつもりでいたけど、シマリス探しで嵐山での観光予定は総崩れ。更に駅に近いということで、せっかくだからと電車に乗る前に寄らせてもらえたのだ。
「ここの金平糖、ビンが丸くて可愛いし、中身が綺麗に見えるから欲しかったんですよ」
「分かるわー、めっちゃ可愛いもんこれ」
「……」
「大事に頂きます」
「……そら、ええ買物したようで」
 さっき通り過ぎた駅に戻り、綾小路さんは“ホームはこちらです”と駅舎の中へ入っていく。並ぶ売店を次々と抜けて奥へと進んでいくと、奥に駅のホームのような場所が見えてきた。
 ……ん?なんだろう、人がいるはずなのに無人駅にいるような感覚がする。
「おじさん、改札は?」
「あ、それだ」
「以前は改札ラッチがこの辺にあったんやけど、車内精算に変わったそうです。なんやデザイナーが改装しはったみたいで、そん時に撤去してもうたんです」
「へー」
 駅舎の1番奥まで進み、ホームに停まっている1両編成の電車を見つけた。紫色に塗装された車両、テレビやネットで見た車両と同じだ。
「ね、ねぇ莉乃!」
「あれ見て!」
「んー?」
 友達が興奮して指をさしたのは、ホームの周辺に並ぶ、大人の身長を超える高さのポールのようなオブジェ。それに収められた着物のような派手な和柄が目に留まった。
「あぁ、あれですか。さっきのデザイナーがそこら中に作りはったんです」
「で、電車まだ出ないよね!?」
「掲示板……あ、あと5分!」
「ちょ、ちょっと撮ってくるから!!」
「もう、乗り遅れないでよねー」
 3人ははしゃいだ様子で、オブジェが多く並んでいる乗り場の反対側の通路へ行ってしまう。隣に立つ綾小路さんと、溜息が被ってしまった。こっちはまだ休み足りないというのに、まだ元気があるのか。あんなにシマリスを探し回ったのに。
 一足先に1番線のホームへ進み、車両の近くで立ち止まる。スカートのポケットからスマホを取り、横に向けてカメラを起動する。車両越しに映るオブジェにピントを合わせ、シャッターを1回切った。
「綺麗ですね」
「当然です、京友禅の反物使(つこ)てますから」
「ライトアップとかしたら、夜でもよく見えていい感じになるかも」
「……」
「……」
「両手出し」
「?」
「えぇから、はよ出し」
「は、はい……」
 スマホをポケットに戻し、綾小路さんに催促される形で両掌を出す。綾小路さんの片腕がこちらへ伸び、前に出した掌に軽く触れる。
 なんだろうと首を傾げていると、シマリスが綾小路さんの腕を這って下りていき、私の掌の中に大人しく収まった。
「さっき、やりたい言(ゆ)うてたでしょ」
「あ、どうも。覚えてたんですか……」
「大事に扱ってなぁ」
「……?」
 シャッターを切る音が小さく聞こえた。
 綾小路さんの両手には見覚えのないスマホが1台。カメラのレンズは明らかにこっちを向いていた。
「……さっきの写真送るやつは、どこ押せばええんやろ」
「あ、今撮ってくれてたんですか!?エアドロップですよね?アレは設定変えないと……」

《お待たせ致しました。まもなく、1番線から、────行電車が、発車します……》

「もう!電車出るから戻って来なさーい!」
 発車のアナウンスがホームに流れる。通路にいる3人はリュックのストラップを掴み、ばたばたと駆けてホームへ戻ってくる。
「いいの撮れた?」
「後で見せたげる!」
「やっば、路電初めて!」
「なぁに莉乃、シマリス譲ってもらったの?」
「飼えないよウチじゃあ」
 車両に3人が順に入口から乗り、空いていたボックス席を確保する様子を窓越しに見る。窓からこっちを見る3人は、上機嫌に綾小路さんに手を振っている。私も乗ろうとした時、大人しかったシマリスが私の腕を伝い、肩から綾小路さんの手の甲に飛び移った。
「……」
「明日(あす)は、どこへ行くんです?」
「伏見稲荷大社です」
「ほぉ」
「皆して重軽石持ちたいんだって……私もですけど、はは」
「……」
「昼食、ご馳走様でした。じゃあこれで……」
「そうそう」
「?」
 綾小路さんに声を掛けられ、車両に乗り込んだところで振り向いた。
「あの中やとまともに話聞いてくれはりそうなんで言(ゆ)うときます。伏見稲荷ですが、逢魔が時には行かんように。狐に化かされるかもしれまへん」
「狐って、ちょっとそれ笑えな……」
「ほな気ぃつけて、神奈川県立○○高等学校の皆さん」
「……──え」
 高校の名前なんて話した覚えがない。綾小路さんの言動に違和感を覚えると同時に、彼から冊子を1冊差し出された。
 受け取って表紙を見る……旅のしおり。
 顔を上げると、シマリスが腕を素早く這い、綾小路さんの肩へ移った。
 シマリスを探しに行くまで持っていたはずのしおり。東屋に戻った時から私のだけずっと見つからなかったけど、綾小路さんが持っていたんだ。
 綾小路さんは両手を後ろで組む。彼に、感謝の言葉を伝える気になれなかった。どうしてすぐに返さなかったのか、考えれば考えるほど、ろくでもない理由しか浮かばなかった。
「……そんな顔せんといて。見たのは表紙の表裏だけです」
「そう、ですか」
「せやけど、身元が分かるモンを知らん人に預けるのは、程々にして下さい。たとえ観光客が数人消えても……」

《ドアが閉まります。御注意下さい……》

「現地の人間は、なぁんも気にしませんから」
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -