15 意図した先A
「念の為に言うが……君の言う“悪ふざけ”では済まないことまで、及んでしまうよ」

 近い。沖矢さんが近過ぎる。ただただ、距離を詰めようとする沖矢さんだけを意識してしまう。
 スケートリンクの時、沖矢さんが急に停まるからやむを得ずしがみついたことはあった。でも、故意にこんな形で近づかれたことはなかった。声だって、いつもよりも強い色を見せて、私に目を逸らすなと言い聞かせているみたいで、どうしても目が離せなかった。
 そうやって何も言わないでいると、沖矢さんは顔を近づけてきた。

「――“莉乃”」
「……――!!」

 後少しで接触してしまう……ぼんやりとそんなことを考えていた時、煙草の匂いが沖矢さんからした前と同じ、私にキスをした時と同じ、匂い。
 息をするように、私に思うことなんて大してないのに、またしようとしてるの?
 気付いた瞬間、抵抗せずにはいられなかった。

「ん……」

 目が覚めた場所は、自分の部屋だった。おかしいな、確かリビングで沖矢さんと飲んで……

「――!!あぁああぁぁ……!」

 ああ、もう、やっちゃったんだ。ずっと言うの我慢してたこと、全部沖矢さんに暴露しちゃったんだ。
 帰ってきてすぐに充電しておいたスマホを手に取り、あれからどれくらい時間が経ったのか確認するために画面を点けると……4時。あと5時間後には大学に行かないと。
 朝は早く出ればいい、時間はいくらでも潰せる。でもバイトまで終わったらその後は?あんなこと言っておいて、この家に何もなかった顔で入れない。沖矢さんだって帰ってきた私に何も言わないわけがない。

「だめ、一度落ち着いて……」

 考えることを一旦放棄し、深呼吸をすること30秒。それでも、まだ心拍数は多い方だ。もう少し頭を冷やす為、という理由をつけて工藤邸の玄関のカギを開けた。

「……雨」

 眠ってしまうまではそんな音は聞こえなかった。水溜りはさほど出来ていない、降り出したのはついさっきのことらしい。
 空を仰げば、星や月がちっとも見えない、なんの光源もない空は時々不安を煽る。街頭がないと真っ暗で、それがなくなったらなんの希望もなくなってしまいそうな気持になるからだ。
 ……落ち着くつもりで外に出たけど、あまり長くいると落ち込みそうだ。あまり期待した通りにはできず、家の中に戻ろうとした時だった。

「おーい」
「……」
「妹ちゃーん」
「!」

 小声で誰かが呼んだ気がした。まさかこんな深夜に呼ぶはずない、と無反応でいたけど、“妹”と呼ばれて私だと気付いた。兄の友人はよく、私と顔を合わせるとそんな風に私を呼んでた。
 閉じられた門に向かい、スマホのライトで照らすとやっぱりそこに誰かいる。その人物が誰なのか確認できるまで、ライトを当てたままゆっくりと近づく。やがて、顔がはっきりと見えてきた。

「久しぶり、妹ちゃん」

 私の知ってる限りでは、この人は1番上の兄―――誓司の友人だった。私が小さい時、この人が兄と学校から帰ってきて、勉強したり遊んだりしたことを覚えてる。というか、兄と比べて私への扱いが優しかったからたいていいい人として覚えてる。

「久しぶりです。ここにいることは兄から聞いたんですか?」
「ああ、ちょっと前の酒の場でね。シラフの時は全然喋ろうとしないのに、悪酔いするとすぐ漏らすんだよあいつ」
「そうですか……で、こんな時間にどうしたんですか?」

「妹ちゃん、ちょっと誘拐されてくれない?」
「……?」

 彼の誘いに、小首を傾げた。誘拐は誘拐犯が勝手にやることで、そこに誘拐される人の意志は脅迫でもない限り含まれていないはず。なのにどうして、この人は私から承諾を得ようとしているの?

「ああ、妹ちゃんに悪さするつもりはないよ。ただ誓司がちょっとね」
「あの、兄が何を」
「俺の恋人を取りやがった」
「……」

 兄の友人がスマホを取り出し、私に1枚の写真を見せる。最近見たことがある女性だった。この人は確か、私が沖矢さんに横浜まで連れて行かれた時に兄と一緒にいた人だ。よく彼女をとっかえひっかえしていた兄だったから、いつか恨まれるとあの時は冗談のつもりで言ったけど……まさか本当に恨まれてるとは。
 さて、誘拐の件だけど。これに乗れば、とりあえず今夜はこの家に帰らなくて済む。……一時的にだけど、沖矢さんと会わないで済む。これだけで私には十分。でも、内輪で済ませたいなら私からも条件を出しておかないと。

「いいですよ。その代わり、誘拐したことにするのは夜からにして下さい。今日は大学とバイトがあるので、関係者にサボって変な心配されたくないんです」
「ああ、夕方だね」
「あと、ここに一緒に住んでいる人にも通報されると困るので、“ここで”メモを書いてもらってもいいですか?」
「いいけど、ちょっと待ってくれ……」
「それから、バイトが終わったらどこに行けばいいか後で教えて下さい」
「ああ、電車で来たからどこかで誓司と遭いかねないし、多分ホテルの部屋にずっといるから」

 兄の友人は門の上に紙を乗せ、鞄から取り出したボールペンで私の言う通りの言葉を走り書きする。
 門の上の滴、空からの滴で紙が不規則に波打ち、書いたばかりの字がにじんでいく。快適でない状況で、彼は傘の1つでもさしてくれよ、と私に言いたそうな顔を一瞬見せた。会った時からもう濡れていたのに、そんなの今更でしょうに。
 こうして私は兄の友人の誘拐に協力することになった。けど、兄が彼の要求を飲まなかったら、私が今日だけじゃなくて次の日も帰れなくなる……それは困る。それにずっと前に会った時、兄の友人が私に優しかった、という思い出はあるものの、それくらいしか思うところがない程度の間柄。あまり信用は出来そうにない。
 誘拐について触れたメモは、私の字で書かせても、落ち着いた書体で書かせても意味がない。それから、誘拐された可能性があると気付いてくれそうなのは、沖矢さんとコナン君くらい。博士と哀ちゃんは隣に住んではいるけど、明かりがついていれば誰かいると思い込むから、沖矢さんが誘拐の件について触れないと気付いてくれないかもしれない。
 2人の内、誰かがこれを見つけた時に、私がこの時間に外部の人間と接触し、私が相手に書かせたと分からせないといけない。だから、事を起こそうと、緊迫した心境の兄の友人に書かせないといけなかった。

「!」

 部屋に戻ってすぐ、スマホにラインの通知が届いた。名前はさっきまで会っていた兄の友人。すぐに登録し、送られてきたメッセージの詳細を確認する。送られてきたのは、さっき頼んでおいた場所の住所と建物の名前、その他必要な情報。
 ……あとは、この場所について分かるようにしないと。私はあの男をそこまで信じてない、でもあの男だって、私を信用しているわけじゃない。私には外に出ないとは言ってたけど、妙なことをしていないか確認する為、私の客の振りをして家に入ることだって起こり得る。なるべく簡単に分からないようにしないと。
 誘拐に気付き、且つ、私が残した痕跡だと把握できるのは……やっぱり沖矢さんくらいか。沖矢さんとの共通の認識のある物で、何か残せないかな。

「……うん」

 ラインで送られた場所の情報を私も私で調べ、そこから居場所について残せそうな情報を工藤邸の中で散らすことにした。沖矢さんが気付いて廊下に出ないように、足音もドアの開閉音も小さくして、ゆっくりと作業を進めていく。
 工藤邸の1階を息を殺して歩き回り、目当ての物を次々と探して痕跡を残していった。
 私の部屋にある、沖矢さんがくれたワンピース、一緒に和製映画を観たノートPC、3人で映画を観た時のチケットの半券、髪を編んでもらった時に撮ったプリクラのシール、ダリアの球根のレシート。
 リビングに設置された、有希子さんとの疑惑解消の前日に使ったHDレコーダー。脱衣所の乾燥機に入っている、沖矢さんのジャージ。浴室に置いたままだった雑誌。書斎に戻された、一角岩の事件前日に読んでいた本。台所のイスにかかっている、私が沖矢さんにあげたエプロン。最後に……バーボンのボトル。
 個人的には、これだけ残せれば十分だ。あとは沖矢さんの方で上手く分割してくれれば辿り着けられる。あえて1つのことについては何も残さなかったけど、きっと大丈夫。その意図にも気付いてくれる。
 ……それに、自分からそれについて触れたくなかったから、それでいいんだ。

「……朝だ」

 物音を立てないようにゆっくり動いてたから、思ったより時間を費やしていたみたい。もう用事も済んだし、大学とバイトと、向こうで合流した時に必要なものとか用意しないと。朝食はもちろん、ここじゃなくて外で食べる。

「……じゃあ、ね」

 工藤邸に散らばして残した数字を、沖矢さんとの時系列で並び替えると、

“3 5 7 1 0 1 3 9 7 2 ”

 それと、3桁の数字。
 ……きっと気付いてくれる、沖矢さんだったら。
++++++++++
頭が痛くなる話。
メモがあっても実際に解読できるのは昴さんらという酷い仕様。
次の話で分かるから割とどうでもよかったりするけど、莉乃さんが何を残したのかは、↓を反転すればやんわりと分かったりします。

ヒントは
・北と東
・]とY


前半工藤邸には昴(赤井)さんとボウヤしかいないので、コナンがだいぶ赤井さん呼んでます。
昴さんはログアウト中です。
でも表記が昴なのは、私が今後混乱するからです←
今後表記については要相談。。。

でも流石に他の人の認識を揃える為に、莉乃さんの兄が来た時は昴さんログインします。
ただし、完全に喫煙者(笑)
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