15 意図した先@
「蘭姉ちゃんが莉乃さんを夕飯に誘おうと電話したら繋がらなかったみたいで……バイト中かもしれないって思って、終わる時間にかけても出てくれなかったみたい。大学とバイト先で莉乃さんを知ってる人にも聞いてみたんだけど、莉乃さん、どっちにも顔出してたって……」

 状況を把握する為にコナンと昴は一度リビングへ移動する。ソファに腰掛けた昴はコナンの説明を聞きながら、莉乃の今日1日の行動を整理した。
 事前に聞いていた最初の講義の時間は10時から。予定ではバイトのシフトは13時から17時。どちらにも顔を出しているということは、莉乃は17時までは所在を確認できたことになる。

「なら、行方不明になったのはバイトの後だな。様子が普段と違っていたかは聞いてないか?」
「いつも通りだったって……」
「……これだけだと誘拐か失踪かの判断も出来んな」

 少なすぎる情報に対し昴は痺れを切らし、灰皿に煙草を押し付ける。やがてソファから立ち上がり、廊下に向かう昴の背中をコナンは呆然と見る。

「どこに行くの?」
「莉乃の部屋に何かメモが残っていればいいが……」
「え、勝手に入るの!?」
「バレても後で怒鳴られるだけだ、それも莉乃が見つかってからじゃなければ出来ん」

「赤井さん、あれ……」

 莉乃が使っている部屋に2人は入るが、戸締りがされており、荒らされた痕跡もない。特に何も変わっていない部屋の中だったが、コナンが1枚のメモ用紙がベッドサイドのテーブルに置かれていることに気付いた。

【警察に通報しない限り、部屋の主の身の安全は保障します。】

 字は走り書きのようだが、明らかに莉乃の筆跡ではない。このメモの内容を鵜呑みにすると、莉乃はメモの書き手に誘拐されたことになる。しかし、ここにメモがあることに昴は違和感を覚えた。

「ねえ赤井さん、今日誰かここ訪ねてきた?」
「いや、誰も入れていないはずだ」
「じゃあ、このメモは何時からあったんだろうね」

 コナンはベッドに座り、頭を掻きながらメモを凝視する。
 莉乃の部屋の窓は施錠がされており、割られた痕跡もない。彼女の部屋に外から直接入ることは出来ない。それ以外の場所も、工藤邸にはずっと昴がいた為、誰かが入ろうとすれば彼が気付くはず。部外者がこのメモを置く方法が見当たらなかった。

「……ボウヤ、その紙を貸してくれないか?」
「うん」

 コナンは1つ頷き、隣に腰かけた昴にメモを手渡す。メモを自分の目線まで上げ、様々な角度で見直す。やがて昴は1つの結論に辿り着いたが、深い溜息を吐く。あまり望んでいない状況になってしまったようだ。

「外で書いたな……」
「え?」
「今朝4時頃から1時間程だが、雨が降っていたはずだ。見ろ、紙が波打っていてインクがにじんでいる字がある」
「よくそんな時間に目が覚めたね……じゃあ、今朝の4時から1時間以内にメモが外で書かれたとして……莉乃さんを誘拐するつもりだったのに、どうして前もって用意しなかったの?」

「あまりいい答えではないが、莉乃が書かせたんだろう」
「え……?」
「外で待つ誰かに書かせたメモを受け取り、自分の部屋に戻る。あとはメモを置いていつも通り過ごしてから消えるだけだ」
「いや、ちょっと待って。早朝に誘拐犯と会ったのに、どうして夕方まで自由に動けたの!?だってそれじゃあ莉乃さん」
「分かった上で彼女は誘拐犯と合流したんだろう。警察に通報するなと書かせたのは、誘拐犯が彼女の知人だったから大事にさせたくなかったからだろう」
「……」

 コナンは過去に見た莉乃を思い出していた。
 近頃自分に風当たりが強かった彼女が、怖いと感じなかったとは言えない。しかし、考えなしに誰かの悪事に加担するとはとても思えなかった。

「だが、これを書かせたということは、相手を信用しきっているわけではなさそうだな。万が一を想定して、自分の場所を誰かに探させる為に、誘拐されたことを伝えたかったんだろう」
「うん……でも、莉乃さんを誘拐する目的は結局これには書いてないし……そもそも、莉乃さんがこれを書かせなかったら、僕達誘拐だって気付かなかったよね」

「……誘拐は別の人に宛てたものかもしれないな」
「え?」

 その時、インターホンが1度鳴らされた。2人は莉乃の部屋を後にし、玄関のドアを開ける。工藤邸の門の外にはヘッドライトが点いたままの1台の車と、その傍に1人の男が立っていた。
 コナンにとっては見知らぬ男だが、昴の反応を見て察しがついた。今回の誘拐の目的に関わっているのはおそらくこの男だ。

「こんばんは。あと、お久しぶりですよね?外で話すのもあれですし、上がって下さい」
「……おお」

 男は車のライトを消しエンジンを止め、2人に近づく。昴が男と顔を合わせたのは、2月に昴が莉乃を連れて横浜に行った時以来だ。男は莉乃の長兄だった。

「そうですか、莉乃さんのお兄さんでしたか……」
「けどよ、なんで他の奴らがここに出入りしてんだ?あいつここに住んでるって聞いてんだけど」

 リビングに3人で集まり、男の話によってコナンは初めて、莉乃がこの男の妹であることを知った。莉乃は従姉妹である蘭と幼い時から頻繁に顔を合わせていた為、新一としては昔から知っていたが、莉乃の兄弟とは交流があまりなかったからだ。
 男の方は疑わしげな鋭い目つきで昴を見据える。莉乃が他人、ましてや男と住んでいることを聞いていない様子だった。
 この男が妹を溺愛しているのかそうでないのかはっきりしていない状態で、軽々しく昴もこの家に住んでいるとは言えない。万が一前者だとすれば、誘拐関係の話について聞ける状況ではなくなってしまうからだ。

「そ、そんなことより、どうしてここに来たの?えーと、莉乃さんのお兄さ……」
「誓司(ちかし)でいいぞ」
「誓司さん」
「さっき妹の携帯からメールが来たんだけどよ、あいつが本当にいないのか確認がてら来たんだよ」
「メール?」

 昴にアイコンタクトを送ると同時にコナンは口角を露骨に上げる。上手く話を本筋に戻してやったぞと主張するようだった顔だったが、この質問によって昴との同居の件について触れることひとまずは回避できた。
 誓司は上着のポケットからスマホを取り出し、メール画面を開いた状態でそれを昴に渡す。昴はスマホをコナンにも見えるように、手の位置を低くしてスマホを持った。

「合成って可能性もあるけどよ、ここにいないんじゃあ本物ってこと、だよな」
「……」

【彼女と別れろ。】

 本文に書かれた内容はたったそれだけだ。しかし、添付された画像ファイルでそのメッセージの意味を理解せざるを得なくなってしまった。
 ベッドの上で眠っている莉乃。しかし画像をよく見ると、腕と足首が麻縄らしきもので拘束された状態で眠っている。誓司が要求に応じなければ、妹に危害を加えると捉えられた。

「莉乃さんと連絡が取れなくなったのは、これを送ってきた人にスマホを取られたからなんだね」
「“彼女”というのは、一緒にスケートリンクに来ていた……」
「ああ、あの野郎勝手に思い込みやがって……」
「……勝手に?」
「あれは誤解だって返事送っても、全然反応しねえんだよ」
「すみません、ちょっと待って下さい……このメールを送ったのは、誓司さんの友人。その友人が、自分の恋人があなたと付き合っていると勘違いをしている……ということですよね?」
「そうだよ、こないだはそいつに頼まれて向こうまで行って、ついでにスケートやってただけだよ」
「スケート……ああ、以前あなたと一緒にいた」
「そう、そいつ。そいつとはただのダチだからな。俺がこけるところ撮って、彼氏に動画送るとか言ってさあ」
「……そうだったんですか」

 現時点で分かっていることは3つ。誘拐の主犯は誓司の友人であること、誘拐された莉乃は誘拐犯と半協力関係であること、目的は誓司から自分の恋人を取り戻すこと。
 誓司が工藤邸に現れたことで、主犯と目的が明確に出来た。あとは莉乃とその男の居場所を突き止めるだけだ。
 しかし、誓司の話によると、工藤邸に訪れる前に友人の家に寄ったが、家族の話では昨日から外出しているようだ。車は自宅に駐車されたまま。地元や米花町周辺に在住している友人に車でどこかへ送ってもらったという話もなければ、どこかに行くという話も出ていなかったらしい。

「直接話すにしても、場所分かんねーんじゃどうしようもねえよ。かと言って、実際に付き合ってねえやつに別れたって言っても、後味めっちゃくちゃわりーし」

 不明点はほとんどはっきりしたが、行動を起こすために必要な情報が不足している。昴と誓司の苛立ちが最高潮まで達しようとする。堪らず昴が再び煙草に手を伸ばそうとした時、誓司によって手首を掴まれた。

「オイ、ここで煙草吸わねえ方がいいぞ。あいつ居間で吸うとよく怒ってたし」
「あなたもその貧乏ゆすり抑えて下さいよ」
「……仕方ねえだろ、こっちだって何も出来なくて苛ついてんだよ」

 舌打ちを昴に返し、誓司は掴んでいた手を離した。2人が何も考えないつもりではないことは確かだが、考えるきっかけになるものがない為、どうしても苛立ちが優先されてしまっていた。

「……ねえ、莉乃さんが誓司さんの友達と別れてから、合流するまで時間があったよね。だったら、出かける前に莉乃さん、メモ以外にも何か残してるんじゃないかな?」
「あ?どこにだよ」
「この写真、多分どこかのホテルで撮ったやつだよ。奥の鏡に内線用の電話が映ってるもん。莉乃さんが自分でその人がいる場所に行ったなら、ここの住所とか事前に聞いてたはずだよ。それに、何年も会ってないし仲が凄く良かったってわけでもないのに、莉乃さんが信用しきってるとは思えないよ
 だから、その人が万が一この家に入って、探られないように、だろうけど……少なくとも、昴さんには分かるようになってるんじゃないかな」

 コナンの最後の言葉で、煙草に火をつけようとした昴の手が止まった。
 莉乃が昴にのみ伝えられる方法。昴の脳裏に真っ先に思い浮かんだものは、2人に関わる出来事、それに紐づく物。

「え、昴さんどこに……」
「まずは莉乃の部屋にあるはず……」
「また入るの!?」
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -