「さて…汐海さん」
「どうか、しました…?」

狛枝先輩がらしくなく呟く。
学級裁判においての先輩のスタンスは、より輝かしい希望を優先することだ。
つまり、裁判を引っ掻き回すことだって多々あるのだが…まあ結論から言えば狛枝先輩のおかげで進んでいったことも山のようにあるので誰も彼を責められる人はいないだろう。
そんな彼が、今回はどことなく…裁判に乗り気ではないのだ。

「ボク達はさ、所詮踏み台でしかないんだよ」
「何言ってるんですか…それに、先輩は何か見極めるって言ってましたよね…?」
「あはっ、そうだね…ボクはこの裁判で見極めなければならないんだよ。キミが教えてくれなかった裏切り者のことを」

彼の眼は、本気だった。
しかしわたしにとってそれだけは避けなければならない…大体、わたしという裏切り者を放置しているというのにこれ以上裏切り者を炙り出して、狛枝先輩は一体何がしたいのだろうか。
といっても、もう一人の裏切り者だって裁判を先導する役を自ら買っているのである。
そんな裏切り者を見つけることは、さすがの狛枝先輩にも困難極まりない。

そうして、いよいよ学級裁判が始まった。

「…まずは、事件の流れを振り返ってみねえか?オレ達はずっとストロベリーハウスにいたから事件時のことがよくわかんねぇんだよ」
「わたくし達が朝の7時前に、モノクマ太極拳をするためにマスカットタワーへと向かいました。そして扉を開くと弐大さんのお姿がそこにあったのです…」
「その時は私とソニアさんと日向くんの3人だよ。それで死体発見アナウンスがなったんだと思う…そして、その後に終里さんが来たんだよ」

そのアナウンスをわたし達もストロベリーハウスのラウンジで聞いたのだ。
しかし連絡エレベーターもイチゴ回廊のストロベリータワーへ入るスイッチも壊れてて、どうしようかと立ち往生していたところ、マスカットハウス側に連絡を取ることになったのだった。
今回の事件は、いろいろと謎だらけのようだった…まあ、オクタゴンに入ってしまえばそこまで難しい謎でもないような気がするけど。

「とりあえず一番わかりやすい謎からいこうぜ!まず凶器のハンマーについてだ!」
「…いいや、俺にはあのハンマーが凶器とは思えない。だってあのハンマーには弐大の頭から流れてたオイルが一滴もついてなかったんだぞ」
「ならあの柱が凶器じゃねえか!現場でオイルがついてた物なんて柱ぐらいしかねーぞ!」

確かに、あの現場に残っていたものでオイルがついていたものはあの柱ぐらいしかないだろう。
しかもあの柱の残骸は七海ちゃん曰く弐大先輩の下には落ちているのに、上には一つも落ちていなかったようだ。
つまり、犯人が利用したのは極上の凶器こと、このドッキリハウスの構造だ。

「いいですか、柱を凶器に仕立て上げる方法は山のようにあります。ですが今回使われたのは柱だけではありません」
「…そう、柱に極上の凶器を細工することで弐大クンを殺害することができるんだ」
「ご、極上の凶器ってい一体何なんだよ!」

極上の凶器について、そしてこのドッキリハウスの構造について。
それは、ファイナルデッドルームをクリアした人間のみに与えられるご褒美のようなものだ。
だからつまり、わたしや狛枝先輩以外の犯人だけが…この秘密について知っている。
下手に全部明かすのは得策じゃない、だからわたしは少しずつ、話す必要のあることだけを話していった。

「まず、最初に七海ちゃんが言ったあの建物の構造は実は少しだけ違っているんです」
「…だろうな、さっきタワー内は180度回転してたみたいに綺麗に場所が入れ替わっていたし、それにストロベリータワーへ入るためのチェーンは引きちぎれるような代物じゃなかったんだし…」
「じゃあ、キミ達にヒントをあげよう。ボクがオクタゴンにあった窓から取った写真だよ」

あの窓から覗いて、わたし達は真実へと辿り着いた。
それはこの写真も同様、今までの誤解を解いていくような感覚。
結論から言うと、このドッキリハウスは全部で6階建ての建物であり…マスカットハウスの上にストロベリーハウスが縦並びに存在するのであった。
つまるところ、マスカットハウス4階にあたる部分がストロベリーハウス1階なのだ。
大きさでいえば普通に考えられることなのだ、マスカットハウスは6角形でストロベリーハウスは4角形。
当然6角形のほうが面積は大きくなる。そしてそこにはめ込まれた4角形の外側の余った部分がオクタゴン…8角形の建物だ。
だからこそ、オクタゴンの下はマスカットハウス3階のモノクマ資料室となっているのだ。

「…なら、タワーも同じ建物だったってことだよな?それじゃおかしくねーか…?ストロベリーでもマスカットにでもあった弐大の死体の説明がつかねえぞ」
「えっとね…多分、タワーの方はエレベーターみたいになってたんじゃないかな」
「それも、床だけが動くエレベーターですよ。だってあの扉の模様も違っているわけですし」

マスカットタワーにあるイチゴの扉にチェーンが巻きつけてあったり、ストロベリータワーにあるブドウの扉のドアノブが外れていたのにもかかわらず、その両者の特徴が一致しないのはこのためだ。
わたし達を驚かせるために作られたドッキリハウス…その意味では大成功なわけだが。
そしてそこで死んでしまった弐大先輩の死因。
それも、ここまでこの建物の構造が分かれば…多分、わかるはず。

「弐大クンは、あの柱と極上の凶器を使って殺された…そして、その極上の凶器というのは」
「この建物そのものだったんです」


ーーーー


「…極上の凶器を使って弐大を殺したとなると…墜落死ってのはどうだ?」
「墜落死?」
「だって、犯人は建物の構造を利用したんだろ?それなら、このタワーの落差が生まれるだろ」

日向先輩の意見は多分正しい。
わたしも、今回の謎は大分解けているほうだとは思うけれど…その中枢までは未だ掴めてはいないのだ。
だからここまでは推理を進めてきたが、そろそろ慎重に聞き手に徹するべきかもしれない。

「墜落死ってのはあるかもしんねーぞ!だって弐大が4階のストロベリータワーにいる間に、エレベーターを異動させて1階のマスカットタワーにすればいいんだからな!」
「落ちてたドアノブが怪しいよな…あれにワイヤーをくくりつければ弐大をストロベリータワーに残せるんじゃねえのか?」
「で、でも…そうしたら弐大さんが宙吊りになってしまいますよ!」

弐大先輩が宙吊り…?
そもそも、彼は一体どうして死ぬことになってしまったのだろうか。
だって弐大先輩はロボットだから眠ったまま運ぶなんて芸当できるわけな…、あれ?
そういえば、弐大先輩の首元には『オヤスミスイッチ』があったんだっけ、これを使えば彼の意識を奪うことができる。
そうしてアラームを適当な時間に操作しておけば…あとは勝手に弐大先輩が目覚めて落ちるのを待つだけ、って訳かな。

「…そういや、弐大の胸のアラームは7時半に設定されてたな」
「ちょっと待てよ!?オレ達は少し遅れたかもしんねーが7時にはマスカットタワーに向かったんだぞ!それなのにどうして7時半に弐大が死んでるんだ!」
「またもや矛盾が生まれたようだな…」

わたし達が起きた時、わたしは時計を確認できなかったから正確な時間はわからないけれど。
それでも、狛枝先輩は7時前だと言っていたし…だからマスカットタワーへ向かおうという話になった。
しかし、結論としてマスカットタワーへ行く手段は奪われてしまっていたためラウンジで立ち往生していたのだ。
多分、弐大先輩の時計が狂わされていたのだろうけど…それにしても何か違和感を感じる。

「弐大のアラームは電波時計だから狂うはずがないんだ…考えられるとしたらストロベリーハウスの時計が狂ってたってことか?」
「いや、そいつはありえねぇな…オレはドッキリハウス内の全部の時計を確認したんだが、その全部が同じ時間だったぜ」
「…でも、建物内の時計が全て狂っていたとしたら……九頭龍くんは気づけないよね?」

建物内のすべての時間が狂っていたら…そして、正しいのは弐大先輩のアラームの方であったら。
それなら、弐大先輩だけをどうにかして呼び出すことが可能…?

「そういや…オレは朝5時前ぐらいに弐大が階段を下りて行くのを見たぜ、その後の地響きの音が弐大の墜落死したときの音だとしたら…」
「ああ!あの地響きがあったのは5時半ぐらいだったぞ!」
「…ってことは、わたし達は2時間…時間を勘違いしていたってことになりますよね…?」

つまり、弐大先輩は7時にマスカットタワーへと向かったのだ。
7時と言えばモノクマ太極拳…しかしわたし達は時計が狂っているのだから正確な時間がわからない。
だからこそ、犯人は弐大先輩だけをタワーへ呼び寄せることに成功したのだろう。
でも待って…?先輩達がさっきから言っている、『地響きの音』なんて…わたしは聞いていないんだけど。

「なら、あの5時半のアラームは何の意味があったんだ…?」
「もちろん、犯人のアリバイ作りだろうね…その時間、ラウンジに集まってなかったのって誰だっけ?」
「お前だろ狛枝!あの時お前は何してたんだよ!さては…」

それは違う!狛枝先輩は確かにわたしとあの部屋にいたことは間違いない。
でも…わたしも、狛枝先輩もそんな目が覚めるようなアラームの音を聞いた覚えはない。
アラームの音、そして地響きの音…どうして、その両方をわたしは聞くことができなかったのだろうか。

「あの…先程からおっしゃっている地響きの音、実はわたくしは聞こえなかったのですが…」
「実を言うと、私もなんだよね…」
「だってよ日向クン。ボクとソニアさんと七海さん…あと、ボクの部屋にいた汐海さんもその地響きの音を聞いてないわけだけど…」

土壇場で何を言っているんですか狛枝先輩!!
というのは置いといて、い…今はそれどころじゃないのだ、この4人の共通点。
それは、豪華な客室に寝ていた人物ということ。
そして…音を聞いていないということが、逆に犯人を浮き彫りにしてしまうのだ。

「…なあ、田中」
「何だ…?」
「どうしてお前は、あのアラームの音を聞くことができたんだ?」

そう、狛枝先輩と同じくマスカットハウスの豪華な客室に泊まっていた田中先輩は、あの音を聞けるはずがないのだ。
それはいくらハムスターがいたところで変わりはない…あの時、どうして田中先輩は。

「ハッ!俺様が犯人などと見当違いも甚だしい…!犯人はマスカットハウス側の制御パネルを弄ったのだろう?しかも、そのエレベーターはマスカットハウス側で止まっていたはず。つまり、この俺様に犯行は不可能なんだよ!」
「いいえ田中先輩…犯人はファイナルデッドルームをクリアしたはずです。そしてそこにはありましたよね、ストロベリーハウスからマスカットハウスへの秘密の抜け穴が」
「なら…犯人がオクタゴンの存在を知らなかったら?」
「いや、犯人はファイナルデッドルームをクリアしているはずだ。だって弐大の殺害に使われたワイヤーやチェーン、それにあのハンマーだって…ファイナルデッドルーム以外にあった場所なんて考えられないんだからな…!」

田中先輩が犯人で、おそらく間違いないはずだ。
彼はオクタゴンを出入りして犯行を重ね、そうしてアラームが鳴る時間部屋に戻るはずだった。
しかし、ラウンジにいた九頭龍先輩によってその作戦は失敗に終わる。
結果、最悪の事態を防ぐためにラウンジに現れてしまったことこそが、最大の敗因。

「じゃあ…予備学科の日向クンに任せるのも嫌だし今回はボクがささっと終わらせるね。まず犯人である田中クンは弐大クンを呼び出して、首にあるオヤスミスイッチを押すことで『戦わずして』無力化させたんだ」
「おい、貴様今何と言った…?戦わずして、だと…」
「そうだけど?何か問題あった?」

そこから、田中先輩の言い分が始まった。
彼は、もうほとんど弐大先輩を殺害したと決まっているのにもかかわらず…そんなことよりも、気にしているのは戦わずして弐大先輩を殺したと言われていることだった。
実際弐大先輩と1対1の状況になって、彼の背後をとるのは相当至難の業だ…だからそこには田中先輩なりに戦ったのかもしれない。
だけど、それはそれであり…結局は殺人を犯してしまったことに変わりはないのだ。

「お前のハムスター、破壊神暗黒四天王なら…弐大の首元のオヤスミスイッチを押すことぐらい動作もないはずだぞ」
「フッ…俺様の配下の優秀さを引き合いに出されてしまっては仕方がないな、さあ…血塗られた投票タイムと行こうではないか!」

そうして、ソニア先輩の泣き叫ぶ声とともに投票は行われた。
どうして彼は、殺人に及んでしまったのか…そんなことは聞く必要もないのだろうと思っていた。
だが彼は、彼にとっては、生きることを諦めて死を待つことなんて耐えられなかったらしい。
『超高校級の飼育委員』である田中先輩だからこそ、生への侮辱に…耐えられなかったのだ。

「なあ田中…お前の話を聞いてるとさ、自分が犠牲になっても俺達を助けようと…」
「ハッ笑わせるなよ!俺様は田中眼蛇夢、地獄に堕ちるべき人間だ!邪悪に染まりし俺様がそんなことするはずがないだろう…!」
「そっか…なら、それでいい…」

田中先輩は信念をもって、その信念のせいでこの行為に及んだ。
でも、わたしにはこれが間違っていたとも、正解だったとも思えない。
正解のない選択肢しか、今のわたし達には残されていないんだから…田中先輩を、責めることだってできないんだ。
だって、わたしが今生きていられるのだって田中先輩のおかげなのだ。

「お、お願いです!モノクマさん、田中さんを助けてください…お願いします…!!」
「ソニア…」
「…さあ、血塗られたショーの幕開けだ!」

そうして、田中先輩はハムスター達を遺して命を引き取った。
わたしにとって通算10回目の学級裁判が幕を閉じる。
この異常な事態に、慣れてしまっている自分がどこかにいて…その存在を必死に否定した。
もう、これ以上は、絶対に。

ーーーー

部屋に戻って、ファイナルデッドルームの特典である『希望育成計画』のファイルを開く。
そこに書かれていたのは超高校級の才能を唯一持たない、予備学科である日向先輩の正体。
『超高校級の希望』――カムクライズルの正体だった。

あの時、わたしをここに連れてきたのは日向創であってそうではない。
絶望に堕ちてしまった超高校級の希望、創られた希望である日向創先輩だったのだ。

だが、モノクマはこんなものをわたしに渡してどうするつもりなのか。
ファイナルデッドルームをクリアした割に、1/6でしか生きることができないあのゲームをクリアしたのにも関わらず。
得られる情報は、『カムクライズルプロジェクト』についてだけ。
だってこの島にいる日向先輩は、確かに日向先輩であって。

それよりも、重要なのはこの計画に…何人かの超高校級の生徒が関わっているということ。
そしてその1人に、わたしは非常に見覚えがあったのだ。
『超高校級の神経学者』、松田夜助だ。
生前の彼に頼まれたことを思い出す、そうだ…彼は自分の才能以外の面で記憶を取り戻す方法を探っていた。
わたしはそれが何故あるのかわからずに、松田先輩の才能が悪用された場合のことしか考えていなかったが。
それがもし、このカムクライズルに作用するのだとしたら?
カムクライズルは、日向先輩とは性格も好みも思考も全て異なった『別人』である。
書かれているのはロボトミー手術の一環。
わたしだって、『超高校級の化学者』ではあるけれど…切除されてしまったものをどうこうする力は流石にないし、そこまで脳科学に詳しいわけでもない。
こんなとき、罪木先輩がいたらどうだっただろうか。
彼女はわたしと違って医療面に特化した才能である、この状況を打開する方法だって知っていたかもしれない。
もちろん、罪木先輩は重度の絶望に冒されてしまったのだから、教えてくれなかったのかもしれない。
それでも彼女が生きていたら、カムクライズルをどうにかできたのではないのか。


それもこれも、全部島の外に出なければ何も進まない話だ。
今わたしがすべきことは、先輩達を外へ出すこと。
裏切り者としてできるのはそれしかない…でも、外へ出してあげるにはどうしたらいい?

不意に、インターホンが鳴らされる。
こんな深夜に一体誰だろうか、声を聞いてみれば…それはわたしの大好きで大切な人。

「ねえ汐海さん、キミ達をこの島から出す方法を思いついたんだ。大丈夫、ボクは幸運だから…必ず上手くいくよ」


超高校級のロボは時計仕掛けの夢を見るか?(4)


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05/11
お察しの通りわたしが松田くんを出したいだけです
夢主が話すと学級裁判が短く終わりますね


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