これは、わたしが希望ヶ峰学園に入学してから、数ヶ月後の話。

「舞園ちゃん楽しそうだね、何かいいことあった?」
「あっ汐海さん、聞いてくれますか!なんと、私今日は苗木くんと遊びに行くんです!」
「ええー!おめでとう舞園ちゃん、デートだよデート!」

えへへ、と頬を赤く染めながら嬉しそうに報告をくれる舞園ちゃん。
苗木くんというのはわたしたちのクラスメイトであり、舞園ちゃんの意中の人でもある。
わたしは恋愛とか、そういうものにはほぼ縁もない人生を送ってきたので少し羨ましくも思えるが、アイドルである舞園ちゃんがこんなにも笑顔でいるのだ、さぞ楽しいことなんだろう。

「汐海さんにも、きっと好きな人できますよ!」

そんなこんなで放課後である。
いつものように研究室へと向かい、薬品を用意しては結果を調べる。
…いや、わたしは化学者としてこの生活は最高に満足だよ。
設備だって何不自由ないしね。
それでも、せっかく高校生になったのだから、恋愛の一つや二つ気になるのは当たり前の年頃であったのだ。
自分のクラスメイトを想像してみる、……うん、性格が濃いねみんな。
いやそうじゃなくって、…なんて言うか、まあその、恋人…かあ。
彼女とか作って遊んでそうなのは桑田くんだよなあ、…でも桑田くんは舞園ちゃんのこと大好きだよね、…あーそれってもしかして片思いってやつか、報われない……。
恋愛って、よくわからないし難しいな。
…まあ、いくら考えてもこのわたしには関係のないことだけど!
なんて柄にもなくそんなことを考える。
反応の様子を調べていると、どうやら試薬が足りなくなりそうなので保健室へと向かう。
実はこの学園、保健室はいろいろ薬品が揃っていたりする…少し、怖いけど。
保健室の扉をノックすると、長い髪の女性がわたしを出迎えてくれる。

「ああ汐海さん…また薬品ですかぁ…?」
「こんにちは罪木先輩!その通りです、いろいろと欲しいものが」

それだけを伝えると、保健委員である罪木先輩は保健室の奥にある棚の鍵を渡してくれる。
うわあ、ここに硫酸もあるの…何のために使うかサッパリなんだけど。
他にも有毒で揮発性の液体やらなんやら危険物だらけだ、本当に大丈夫かこの保健室。
とりあえず、必要な薬品を抱えて保健室を後にする。
罪木先輩も寮に帰るらしく、保健室の鍵を閉めてから別れた。
結構重たかったのでふらふらしていたこともあったのか、はたまたわたしが原因でなく向こうの不確かな運が原因なのか。
とにかくわたしは人にぶつかってしまった、それも…薬品を抱えた状態で。

ガラスの割れる音があり。

「あ、…ぶないッ!!」
「…え?」

気付けばわたしはその人を押しのけてしまっていて。
…いや、零れた薬品が肌についたらそれこそ大変だ、だからこの判断は正解のはずだが。
何とも不思議なことに、わたしたちは揃ってその場で転んだのだった。

「すっ、すみません本当にごめんなさい…!あの、お怪我は…」
「ボクならこんなの全然大丈夫だよ、キミこそ平気?」
「いやわたしこそ全然平気なんですけどってうわああそのあなたの手があああ…!」

よく見ると、何とも運の悪いことに、思いっきり薬品を被っていた。
瞬間様々な思考が頭を駆け巡る。
とりあえず、ここにあるのはそこまで危険な薬品ではない、けどそういう問題じゃなくて!
見知らぬ誰かにこんな怪我をさせてしまうだなんて、人として最低の行為だ…!
その場を立ってとりあえず一番近くの水道まで連れていき、急いで多量の水で洗い流す。
本当は薬品はその辺の水で洗っちゃいけないんだけど、そんなこと考えてる余裕もない!

「…と、とりあえず、これで一旦大丈夫だと思います…、本当にすみませんでした!」
「いやいや気にしないで、ボクの方こそキミの大切な時間を奪ってしまって申し訳ないよ」
「な、何言ってるんですか!わたしのせいでこんな目に…、本当にごめんなさい…。罪木先輩がいたら保健室でもっとちゃんとした手当ができるんですけど…」

罪木先輩というワードに、その人が反応した。
どうやら彼は罪木先輩のクラスメイトらしく、…ということは先輩である。
わたしが名乗ろうとすると何故か向こうがわたしのことを知っていたのには驚いたが、今問題なのはそれではなくわたしが先輩を怪我させてしまったことであって。

「…えっと、その。申し訳ないんですけど、ちゃんとしてないと思うんですけど…、もしよかったら、研究室の方で手当ができるので、お暇だったら来てもらっても大丈夫ですか…?」
「もちろん大丈夫だよ、…でもボクがそんなところに行っても平気?」
「平気も何もないですよ、悪いのはわたしですし」

そう言って、わたしはその先輩を研究室へと連れて行った。
自分が怪我したときとか、あんまり綺麗に手当をしないものだから、なかなか不器用になってしまったけれど、なんとか人様に見せられるレベルにはなった。

「本当にすみませんでした…」
「いやいや気にしなくていいって、ボクこんなの慣れっこだし」
「わたしじゃないんですから慣れっこな訳ないじゃないですか…気を使わせちゃってすいませんもうどうお詫びしたらいいものか…」

たらたらと謝罪の言葉しか出てこないが、何度言っても本当に申し訳ない…。
頭を下げ続けていると、先輩が見兼ねたのかある提案をしてきた。

「じゃあさ…えーっと、汐海さんだよね?」
「は、はい…そうですけど」
「ボクに実験の様子見せて欲しいな」

どうやら彼は、超高校級の超高校級マニアを自称するレベルで希望の才能を愛しているらしく。
わたしの才能を、見たいと言ったのだ。
物珍しい人だった、……だったら、できるだけ面白い実験を用意しちゃおうかな。


人は皆、賢く愚かである(1)


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02/23
05/27追記 過去編をここにねじ込もうと思います


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