「汐海さん、最近楽しそうですね」
「あっ舞園ちゃん、…実はね」

あの一件から。
あの先輩はたまにわたしの研究室に足を運ぶことがあった。
別に研究室二人が来ることはそう珍しくはない、わたしのクラスメイトなら暇なときとか来てくれることもあるし。
ただ、その中でも先輩は特に何の用もなく、ただわたしと話しては去っていくのだった。
不思議な人だった、わたしのような人間と喋っても…そんなに楽しいとは思えないけど。

「えー、それってもしかして汐海さんのこと好きなんじゃないですか?」
「ち、ちがうよ!あの人は多分わたしの才能を見てくれてるだけで…」
「うーん、それはまた…変わった人ですね」

意外とざっくり言うよね舞園ちゃん!
分かってけど、あの先輩はわたしの超高校級の才能が気になってるんだろう、凡人だったらつまらないだろう化学という才能を。
…まあ、それでも自分の才能に興味をもたれることはちょっとだけ嬉しかった。
それに先輩って関係、希望ヶ峰学園ではあまり聞かないし。
朝日奈ちゃんとかのスポーツ系の才能なら、交友関係も広げやすいのにね。
あーあ、わたしって何でこんな地味な才能なんだろう、苗木くんみたいに面白い才能だったらよかったのになあ。
…そういえば、あの先輩の才能って聞いたことないや、スポーツ系には見えないし、かといって勉強もそこまで得意じゃないって言ってたし。
まあ考えたって仕方ない、今度あったら聞いてみよう。
そんなことを考えながら、放課後わたしはまた研究室に向かった。

「…あれ、汐海さん」
「わあ偶然ですね、先輩」

ちょうど研究室の前で、狛枝先輩に出くわした。
丁度いい、何の才能だか聞いて見ることにした。

「そういえば、先輩の才能って何なんですか?」
「うーん、…ボクの才能?」
「はい、…いや、あんまり言いたくないならいいんですけど!」

才能というのは時に足枷ともなる。
だから、自分が才能に恵まれていたとしても、それが必ず自分に利益をもたらすものとは限らないのだ。
入学当時は桑田くんも野球やりたくない!とか言ってたし。
あまり言いたくなさそうだったので、それとなくぼかしておいたが先輩は仕方がなさそうに話してくれた。

「…キミのクラスにも一人いると思うけど。ボクは超高校級の幸運なんてそう呼ばれてるよ」
「先輩って、幸運だったんですか…!」
「まあ、幸運というよりは悪運って感じだけどね」

抽選入学の『超高校級の幸運』。
それなら確かに、わたしみたいな才能に興味をもってくれるのも無理はない。
それにしても、そういえばこの先輩、苗木くんと少し似てるかもしれない。

「あはは、ガッカリした?…まあゴミみたいな才能だからね」
「そ、そんなことないですよ!運ってすごく大切だと思います…!」
「ありがとう汐海さん、でもボクはあんまりこの才能気に入ってないんだよね」

希望ヶ峰学園では「運」の研究が進んでいないらしく、わざわざこうして抽選で生徒を選ぶ程だ。
…それでも、苗木くんの話を聞くと幸運の才能は常に悪運と隣り合わせだとか。
この先輩も、運にいろいろ振り回されてきたのかな…まあ、それはわたしにはわからないことだけど。

「でも、わたしもこの才能が好きじゃなかった時期もあります、…何をやっても才能のおかげで。わたしの努力って何なんだろうって……、贅沢な悩みですよね」
「そっか、才能ってそんな風になることもあるんだね」
「でも今はこの才能が好きです!…だから先輩も、いつか自分の才能が好きになれる日がきっと来ますよ、だって先輩の才能は幸運なんですから!……って、先輩のことよく知らないわたしがこんなこと言っちゃってすみません…」

多分わたしたちは一生この才能という枷からは逃げられない。
だったらこれを枷じゃなくてもっと正の方面から、そう捉えられたら、それは幸せじゃないのかな。
それは難しいことだけど、でも不可能なことじゃない。

「汐海さんは変なこと言うんだね」
「あっすいませ…で、でも!せっかく自分しか持ってない才能なら活かさなきゃ損ですよ!…あ、でも先輩の才能の場合は自分だけって訳じゃないんですかね…うーん……」
「あはは、何だか汐海さんがボクののことで悩んでくれるなんて申し訳ないなあ…」

思えば先輩はかなり不思議な人だったと思う。
それでも先輩が笑ってくれたから、…誰かのことを、自分なりに元気づけられたのかなってちょっとだけ嬉しかった。

「よし、じゃあお礼に何かボクの運でできることはないかな」
「幸運ってどのレベルなんですかね…?それなら今わたしが悪運すぎて頓挫してる実験があるのでここにある薬品で好きなのを好きな量だけ先輩いれてください!」
「完全に運試しだね、…じゃあこれとか」

何度も言うようだけど、化学の発見というのはそのほとんどが運だったりする。
超高校級の化学者と呼ばれるわたしだって、その運には逆らえないし、見つからない時は何千回やったって駄目な時もある。
…もし、その運を確実に引き当てられるんだったら。
わたしはすごく羨ましいけど、それはあまりにも無神経な言葉なのかな…わたしもこの才能には悩んできたし、悩まされてきた。
今も明るく振舞ってくれている先輩にどんな過去があったのかは知らないが、…自分の才能も好いてあげてほしいなんて、そんなことを思った。

「…汐海さんどうしよう、何か危なそうな煙が出てきたよ」
「どれどれ、…って何か見たことない反応!先輩の運どうなってるんですか!!」
「あれ、もしかして成功しちゃったのかな?」

発見というのはほぼ運だから。
…それはさっきも言ったけど、それにしても!
見たこともないような反応が突然起きたら、それって、それって!
…やっぱり、理論じゃどうしようもないんだなあ、でもわたし、化学のそういうとこ好きだよ。
という心の叫びはおいておくことにして、早速この未知なる発見に名前をつけよう。

「この新しい反応!えーっと…コマエダ反応とかどうですかね」
「……いや、汐海さん流石にちょっとその名前はどうかと」
「…っていうかこの気体結構やばい有毒です!うわああ換気しないと……!」

大慌てで窓を開けたがこの気体、どうやら空気よりも重いらしくなかなか外へ抜けてくれない。
それでも少量だったので何とかなったが、…危ない、また先輩を殺しかけるとこだった。
とりあえず研究室を出て、廊下にへたり込む。

「はあー、びっくりしました…、でもすごいですよ先輩、こんなの作っちゃうなんて」
「いや……やっぱりボクの才能は人を殺しそうになるし、あんまり好きになれそうにないよ」
「いや、今回はたまたまですよ…、…って、あれ」

ふと自分と先輩の衣服を見てみると、やたらときらきら光っていた。
…なるほど、さっきの気体が昇華したのか。
それにしても、やっぱり毒物の固体って綺麗なものが多かったり、…綺麗な薔薇には棘がある的な、いやいやそんなこと考えてる場合じゃない。

「ほら先輩、この結晶だってすごく綺麗ですよね。毒だから怖いだなんて思い込んでると、こういう素敵な一面が見えてこないんですよ」
「…でも、汐海さんが気づかなかったらボクは君を毒殺するところだったよ」
「わたしは化学者ですから、有毒だってすぐわかりますし。だからそんなに気にしないでくださいよ、それにほら、これなんか色がすごく素敵ですよ!…だから、ちゃんと先輩も自分の才能のことをそんなに卑下しないで、色々な一面を知ってあげてください。その才能は狛枝先輩が人を幸せにすることにだって使えるんですよ」

自分の会話力のなさになかなか絶望したが、やっぱり自分の才能は自分だけのものだから、好きになってほしかった。
自分の才能を一番理解してあげられるのは、やっぱり自分だから。
…少し、押し付けがましいかもしれないけど。

「ボクが、人を幸せにね…」
「できますよ、だって先輩はわたしの才能を好いてくれたじゃないですか。わたしはそれがすごく嬉しかったですよ!わたしが先輩に出会ったことは間違いなく幸運ですから」
「…誰かにそんなこと言われたの初めてだよ」

なかなか、恥ずかしいことを言った。
それでも、なぜか狛枝先輩にはやっぱり幸せになって欲しかった。
今はまだ、この気持ちには気づかなかったけど、……何なんだろうね、わたしらしくないなあ。


人は皆、賢く愚かである(2)


----
02/23
これが恋…!?なんて楽しいことやってる間に強烈なフラグを仕込む
05/17追記


Prev Next
Back





- ナノ -