十神くんがモノクマに逆らった。
今までゲームに興じるだのなんだの言っていたあの十神くんが、だ。
これほど頼もしい人物はなかなかいない、やはり超高校級の御曹司とはこうあらねば。
5階の探索が始まる。
珍しく十神くんと行動してみようと思ってついて行くと、最初から恐ろしい部屋に辿り着いた。

「な、何これ……っ」
「血と脂の匂い…、ここで大量の人間が殺されているな」

スプラッタ映画にでも出てきそうなその部屋は、血なまぐさい匂いと大量の血痕、ボロボロの教室だった。
一秒でもそんな光景を見たくないのでさっさと扉を占める。

「…お前は他の教室を調べて来い」
「う、うん…十神くんは?」
「俺はもう少しここを調べる」

うえ、十神くん正気の沙汰とはとは思えないぞ。
ありがたくその言葉に乗らせていただく。
十神くんって意外といい人だな、初対面は最悪だったけど。
次に向かったのは植物庭園だ。
そこにあったのは見たこともない植物、牙とか生えてるんですけど…。
モノクマ曰くここの植物は昔いた希望ヶ峰学園の生徒が育てていたものらしい。
奇想天外だがこんなものを作ってしまうとは流石超高校級。
捜索もだいたい終わったところで食堂に戻る。
いつものように報告を済ませると、霧切さんが学園長について反論を呈す。
どうやら十神くんは霧切さんを疑っているらしい。
確かに才能も覚えていないし、捜査中にどこかへ行ってしまうこともよくある霧切さんだけど。
本当に記憶喪失ということはあるのだろうか、…でもその場合、霧切さんだけじゃなくてわたしも大切なことを忘れている気がする。
霧切さんは十神くんに鍵を渡した後、どこかへ行ってしまった。
わたしは霧切さんに話したいことがあったので慌てて追いかける。
そのまま脱衣所で行き、霧切さんと『記憶』について話し合う。

「ねえ、記憶喪失って言ってたけどさ…」
「あなたも私のことを疑っているの?」
「違うよ、むしろ自分を疑ってるっていうか…」

例の薬がもう少しで完成する。
あれは記憶を取り戻す薬だ、……ただし、命の危険は免れないが。
確実に記憶を失っている確証もないのに、そんな死の危険に身を晒すのは流石にできない。

「…黒幕は、ほぼ確実に私の記憶を奪っているわ」
「やっぱり、…そうなんだね」
「でも、それは私だけかもしれない。汐海さんの記憶がどうかはわからないわ」

それでも、山田くんも大神さんもそれらしき事は言っていた。
わたしだって、みんなのために何かできることがあるんだから。
死の危険なんて怖くない、なんて言ったら嘘になる…でも、この学園でいつまでも逃げてたって何も変わらない。
これができるのはわたしだけだ、ならわたしがやらなくてどうするんだ!

「霧切さんありがとう、わたし…この記憶について絶対手がかりを見つけてみせる」
「ええ、……ちょっと待って汐海さん。あなた何をするつもり?」
「大したことするわけじゃないよ、薬を飲むだけ」

超高校級の化学者が作った薬だよ、失敗なんてできないよね!
脱衣所を後にして化学室へ向かう。
こうして廊下を歩くと何だか懐かしく思えてくる、どうしてだろう……それもこれも、全部薬を飲めば解決するんだ。
化学室の扉を開けようとしたら、後ろから苗木くんが走ってきた。

「汐海さん!!」
「…苗木くん、そんなに慌ててどうしたの?」
「どうしたの、じゃないよ…!汐海さん、自分が何をしようとしてるかわかってるの!?」

ああ、苗木くんは優しいからわたしのことを心配してくれてるんだね。
でも、これは絶対にやらなくちゃいけない!
苗木くんや霧切さんにばかり無茶させられないんだから、…だから。

「ねえ汐海さん、他にも方法はあるはずだよ。そんな成功率の低いことをして、もし汐海さんに何かあったらどうするの」
「でも、そうしないと…わたしは超高校級の化学者だから」
「化学者だとか、そんなことはどうでもいいよ!ボクだけじゃない、みんな汐海さんのこと心配するんだよ」


……瞬間、涙腺が壊れた。
今まで溜め込んでいたものが全て零れ落ちたような、そんな感覚。
苗木くんはそんなわたしを見て、頭を撫でてくれる。
とめどなく溢れる涙は、わたしの白衣を濡らしていく。

「ね、だから汐海さん。戻ろうよ」
「なえ、ぎ…くん…。……でも、」
「みんなそんなこと誰も責めないよ。他の方法で、みんなでここを抜け出そう?」

確かに、わたしが何もしなくてもここから出られるかもしれない。
でもそれは、わたしがやらなかった危険を霧切さんが冒すと言うことだ。
わたしは弱い人間だけど、霧切さんは謎を解き明かすためなら命も省みない、そういう人だ。
捜査のときだって、霧切さんはわたし達に隠れてこの学園生活を終わらせるために何かをしていたはずだ。
それなのに、今は十神くんにも疑われてる、わたし達のためにしてくれていることなのに。
なら、これ以上はもうだめだ。
霧切さんにこれ以上のことを押し付けてはいけない。
わたしがやらなくちゃ…いけない!

「ありがと、う…苗木くん」
「汐海さん…それじゃあ」
「でもわたし、やっぱりやらなくちゃ…」

どうして!と強く叫ぶ苗木くん。
もうわたしは決めたんだ、その決意は苗木くんにだって揺るがせられない。

「ねえ、苗木くん」
「どうしたの…汐海さん」
「じゃあ、わたしが薬を飲むとき、側にいてくれないかな…幸運の君なら、きっと成功するよ」

どうしても納得できないような苗木くんを、無理やり化学室へ連れ込む。
いいタイミングで薬もできた、後はこれを飲むだけだ。
やっぱり心配そうな顔で、わたしのことを見る苗木くん、そんなに見られると照れるぞ。

「大丈夫、絶対成功するよ」
「…どうしてボクには、汐海さんを止めることができないんだろう」
「それはね苗木くん、君のせいなんだよ」

苗木くんが心配してくれたから。
わたしは不安だけど、この不安を乗り越えて今こうすることができている。
だからやっぱり、こうなったのも苗木くんのせいで…何て言ったら彼は自分を責めるだろうけど。

「じゃあね苗木くん。目が覚めたら、わたしはどんなことを思い出してるんだろうね」
「汐海さん……!」

苗木くんがわたしの名前を呼んだ。
それを聞いて、わたしは最後まで安心することができた。
薬には睡眠薬も混ぜた、結構強いからすぐにわたしも眠るだろう。
まどろみの中、倒れそうなわたしを支えてくれた苗木くんを最後に見て、わたしは深い眠りへと落ちた。


疾走する青春の絶望ジャンクフード(1)


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02/12


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