Ending
退職日当日――私は会社の社長室に向かっていた。
退職の最後の手続きと佐助さんから言伝されていた文を預かりに行くためである。
この1か月、こちらの世界と別れを決めてから色々な場所との別れ、色々な手続きを済ませるのに奔走していた。
何しろ神隠しに遭うわけだから、残された血縁者に迷惑をかけるわけにはいかない。
通帳と印鑑も先に両親に手紙を送付していた場所に保管した。
残ったアパートの引き渡しをお願いして。
それからPCも一思いに苦無で壊してもらった。
やっぱり趣味がばれるのは恥ずかしいから。
同人誌もお気に入りの1冊(残したのは佐助さんに秘密。)を残して、同人友達に送付してある。
煮込むのも焼くのも好きにしてくれと手紙を添付して。
もう既に冷蔵庫に残っていた残り物処分祭りは幸村さんを呼び出して終えている。
彼はこちらの世界には悔いはないと口では言いつつも、やっぱりこちらにしかない甘味については悔いていた。
そんな主の姿を見て、佐助さんは頭を抱えつつも、向こうの世界でそれらを作るやり方を頑張って編み出そうとしていた。
主従愛だね、主従愛だよ。
そんな訳であとは会社との縁を断ち、佐助さんに連れて行ってもらうだけとなった私は社長室の扉を叩いてから開けた。
「待っていたよ、苗字さん。」
「…まさか本人だとは思いませんでした。竹中専務、私が向こうの世界からやってきた佐助さん達を家に置いているの気づいていたんですか?」
「気づくも何も専務は最初からお見通しよ、オミトオシ。ぬしがこの会社で働くのも最初から専務の中では決まっていたことよの。」
「刑部…その言い方じゃ、僕が企んだみたいじゃないか。僕は最初に井戸の住人と会って、約束をした。もう一度、秀吉と会うために。ただ、それだけのことさ。」
竹中専務は井戸の住人と会ったことについて話してくれた。
そして転生して、もう一度豊臣の皆と一緒にこの世界で生きていることも。
それから、私に3通の手紙を竹中専務は渡した。
「これを三成君に渡してほしいんだ。彼はまだあちらの世界で生きている。僕達は彼を残してこちらの世界に来てしまったこと、それだけが心残りだから。」
「…何とかもう1度会うことはできないんですか。」
「ヒヒッ、苗字も無茶なことを言うの。われらは一度死んだ身。「歴史は改竄を許さない」…井戸の住人の言葉よ。」
「僕達は新しくこちらで生を受けて生きているんだ。そんなことは出来たとしてもしてはならないんだ。だからせめて文だけは渡してほしい。異世界のものは消えずにあちらで残っているんだろう。この手紙も君が持っていけば必ず残る。向こうでは残せなかった僕らの遺書がそこには記されているから。僕らの代わりに君が渡すんだ。」
私は3通の手紙を鞄の中に入れると、3人に向かってお辞儀をする。
最敬礼――何も返すことのできない私がお世話になった3人に対するせめてものの恩返しだ。
今まで何も言わずただ見守っていた木下社長がふと笑みを漏らす。
「さぁ、行っておいで。」
「我等が歩んだこの日々を会う者に伝えてくるがよい。」
「われが愛したあの場所をぬしに託そう。」
3人の思いを胸に抱いて私は旅立つことにした――