朝がくる前に

04.月夜







「……寝れないなあ…」


人間だれしも、なかなか寝付けない夜があるもので。


もうかれこれ寝ようとベッドに入ってから、二時間は経とうとしている。


最初はiPhoneをいじっていたが、さらに眠れなくなりそうでベッドサイドに置いてからしばらくたつ。

もう何度目かわからない寝返りをうちながらそれでも懸命に寝ようと目を閉じる。






…やっぱり寝れない………





はあ、とため息をつきながら起き上り、ベッドのふちに腰掛けた。



こんな眠れない日にも誰にも連絡がとれないなんて、と環境が突然変わってからはや数ヶ月経つ中で何度も思ったことをまた考える。


バイト先では話し相手はできたと思う。でも簡単に「なんか寝れなくて」と連絡できる程の仲ではないし、そこまでの仲になるのを避けている自分もいる。




だって何か…やっぱり完全に信じてないし…




と誰に聞かれるでもない言い訳を一人でしてしまってみじめな気持ちになった。


急にこの環境になったことを当たり前だが未だに信じ切れていない、だから人とのかかわりも一線ひいたものになってしまっている。

たとえ向こうがこちらと仲良く接しようとしてくれていてもだ。






眠れないのにまたベッドに寝転ぶのも苦痛に感じ、気分転換にでも少し外を散歩しようと軽く着替えて上着を羽織る。



もう冬の気配が強まってくるころで、昼間よりも気温はずいぶんと下がっている。



夜独特の冷たい空気を肺いっぱいに吸い込むと、頭のなかのもやもやが少し晴れるような気がした。






今日は月がきれいに見えるな…あ、あれオリオン座…、もうそんな季節かあ…






特に目的もなくてなんとなくあたりを歩いていく。



夜の散歩は久しぶりだ。

こうなる前は、仕事帰りで次の日が休みだとよくぶらぶらと歩いたものだった。







会社とかって、今はどうなってるんだろう…





帰れなくなってから、会社があった場所にも行ってみた。

自宅がなかった時点で期待していたわけではなかったが、予想通りそこには別の建物があるだけで、自分の知る風景ではなかった。


期待はしていなかったはずなのに、いざその事実を突きつけられると、募りに募った不安感が限界を迎えたのか、ホテルに戻って一人で泣いた。


ホテルに戻るまでの道中は胸がいっぱいでわざと深く深く深呼吸をしながら、街中で泣かないよう気を紛らわすので精いっぱいだった。






もうそれから二か月以上経つのか…何とかやっていけるもんだなあ…





そう思いながら適当なところで角を曲がる。

ふと目の前を見ると、二人組がこちらに向かってくるのがわかった。







あの男の人、背たっか…、何センチくらいあるんだろ…
サングラスも似合ってますねお兄さん…

………え、待って待って…ちょっと待って、え?……………





二人組は話しながらこちらに近づいてくる。





頭の中で、会社の友人の言葉を思い出す。












「この人が最近の推しなの!すごくかっこいいの!」

「へ〜、なんで目隠ししてるの?」

「ちゃんと明記されたわけじゃないんだけど、呪霊のなかには目があっただけで襲ってくるのもいるからかなあ、目隠しの仕方は三通りあってね、今はこの黒い布が多いけど、昔は包帯とか、あとはサングラスのときも―――」











心臓が肥大したんじゃないかと錯覚しそうになるくらいに全身がどくどくと脈を打つ。






いや、そんなわけない、そんなはずは…、














「髪色も本当きれいでしょ〜、これで身長190あるんだよ?!もう文句のつけどころないでしょ…!」











暗い夜でも、はっきりと明るいとわかる髪色。











「この人とはこの子が小学生のころから一緒にいるんだけど、この人は式神つかいでね、」











二人組が来ている全身真っ黒な服。





友人の言葉を思い出すたびにこちらに向かってくる二人組の特徴が、友人が話しながら見せてきた画像とぴったり一致する。











そしてすれ違いざまに思い出した。

















「名前はね!五条悟っていうの!もう名前まで完璧でしょ〜!」

















「……え、ごじょうさとる………?」













心の中で唱えたはずだったのに、気が付けば口をついて言葉が出ていた。





間の悪いことにすれ違いざま。


明らかに二人組にも聞こえていたんだろう、二人が足を止めてこちらを見ようとする。









やばい。やった。やらかした。これはやばい。










そう思った私の思考回路は、その場から一目散に逃げ出すことを選択していた。







後ろを振り返る余裕も、勇気もそんなものはこれっぽっちもなかった。














この時、私と会ったのはこの二人組だけではなかったと、ずいぶん後になってから知ることになるのだけれど。
















はあはあと息が切れる。喉の奥に血がにじんだような感覚に陥りながらなんとかホテルへ帰ってくる。







暑い、と思いながら上着を脱ぎ、水を取り出す。



シャワーを浴びたのに、全力疾走したせいで汗で下着が肌に張り付く。


水を飲もうと少し上を向いた途端、背筋を汗が滑り落ちていくのが分かった。










なんて言ってたっけ…、えーっと、確か…、じゅじゅ、つ?
呪術…、えっと、そうだ、呪術廻戦だ…





とりあえず呪術廻戦、とiPhoneで検索してみる。






出ないか……、そうだ、先生って言ってたな、学校があるんだっけ……





友人との会話を思い返しながら、つぎは『呪術 学校』で検索する。すると――






「…出たよ………」




そこには“東京都立呪術高等専門学校”“京都府立呪術高等専門学校”の文字。







「こんな学校、ふつうないよね………え、本当に?」







東京都立呪術高等専門学校、ということは東京都を舞台にした漫画なのだろう。


そして友人に見せられた画像と一致する人物との遭遇――――――









これ、最近はやりの転生系のやつ?いやでも私死んだ覚えないんだけど…















予想だにしない逢着
確信なんてないけれど、きっとこれが事実















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