とりあえずホテルに到着し、備え付けののWi-Fiに接続できるか試してみた。問題なく接続できたため、iPhoneが故障したわけではないとひとまず安堵すべきなのか、それともではなぜ電波が繋がらないのかについて掘り下げるべきなのかわからなかった。
だがひとまず行ったことは自宅住所の検索だった。怪訝な顔をされつつもコンビニ店員さんに探させたが、やはり自分でもう一度確かめたかったのだ。それでも自宅が見つかることはなかったが。
次に電話帳を開き、親しい友人に電話をかけた。
しかし耳元にあてたiPhoneが話すのは「この電話番号は現在使われておりません―――」
親しさを考慮せず、電話帳の上から順に片っ端から発信するが、誰を選んでも同じ無機質な音声が再生されるだけだった。
焦りや混乱、孤独感や恐怖がこみ上げ、胸がぐっと重くなった気がした。感情が涙となって視界が徐々にぼやけるのがわかった。
夢を見ているのかと、自分自身をつねってみたりもしたけれど、そこには確かな痛みが残るだけだった。
―――明日になったら、全部なかったことになってないかな…
途方に暮れて、そう思ってしっかりとホテルのふとんを被ってみたけれど、到底寝れるはずもなく、だんだんと白んでいくカーテン越しの空を見ていた。
次の朝からの行動は早かった。
寝ていないためなのか、状況を呑み込めていないからなのか、重い頭と時々の動悸を抱え、警察署に向かい歩いた。
だが途中で方向を変えた。
警察署で何と言えばいいのかわからなかったのだ。
家がなくなったんです?誰にも連絡が取れないんです?迷子になりました?
どれも伝えたところで困った風な対応をされるとしか思えない上に、下手をすればこちらがもういいです、と引き上げようとしても帰してもらえない可能性どころか病院を紹介されるまである。
どうしようか迷っていると、そういえば大学時代の学友が市役所に勤めていたことを思い出したのだ。
たまに言葉を交わす程度で、友人だと声を大にして言える関係ではないが、もう知っている人に会えるならなんでもよかった。
そうして市役所へ向かったはいいが、そこで打ちのめされる結果となった。
役所の人へ学友の名前をだし、会わせてほしい、と伝えたが不可解な面もちをされ、「そのようなお名前の方はこちらにいませんが…、部署をお間違えではないですか?」と聞き返されてしまったのだ。
自分の記憶が間違っているのかと、ここの課ではないのかと必死に頭を巡らせるが、何度考えても、記憶を巡ってもこの課のはずだった。
そこでふと目に入った窓口に置かれている用紙。
それを1枚取り、記入していく。
なんとなく、だった。ただなんとなく、それに手をひかれた。
記入し終わり、受付の職員へ紙をわたしながら、
「すみません、住民票の写しをお願いできますか?」
免許証を渡し、少々お待ちください、と言われソファに腰掛ける。
別に住民票が必要なわけではなかった。
突然なくなった自宅、つながらない電話、いない学友―――
ただなんとなく、自分という存在が明記されたものがほしかっただけなのかもしれない。
本当は戸籍謄本で自分の家族も確認したかったが、何せ本籍地と違うため仕方ない。
待つ時間が長いようにも、短いようにも感じた。
名前を呼ばれ、鼓動を感じながら窓口まで向かう。
お待たせしました、と前置きされた後、職員が口を開いた。
「申し訳ございません、こちらのお名前とご住所では確認することができませんでした。」
さあっと、頭から血の気が引くのがわかった。
「最近ご結婚などでお名前やご住所が変更になりましたか?婚姻届などは提出されてから約1週間程度で―――」
そのあとの言葉は全く頭に入ってこなかった。
職員が返却しようと差し出した免許証にのばした手に、昨夜夢ではないかとつねった痕が、赤紫色に変色しているのがやけにしっかりと目に映っていた。
私の存在を示すものは、
ただただ足もとがぐらついている