朝がくる前に

01.朧月夜

突然意識が浮上した。
かと言って寝ていたわけでは全くない。
いつも通りの仕事帰り、夜道を歩いていただけだ。

なんだかすごいぼーっとしてたなあ、とふと目の前を見る。


…あれ、ここどこ……

駅から徒歩15分の自宅へ、慣れた道を歩いていたはずなのに、目前に知らない家々が並んでいる。
だめだだめだ、ぼーっとしすぎちゃったか…、来すぎちゃったのかな?
といつもの曲がり角を探して来た道を戻る。

暖かくなってきたとはいえ、まだ昼夜の寒暖差が天気予報で話題となる時期だ。
ふと意識が戻ったからか、急に肌寒く感じてしまう。


この東京という都会では夜でも真っ暗になることはないけれど、昼間に比べればそれなりに喧騒は静かになるし、駅から15分も離れた場所になるとなおさらだ。

ご飯はコンビニで済ましてしまおうと買ったビニールの音が自分の歩くリズムに合わせてガサガサとなり、それがやけに大きく聞こえる。


今日も仕事疲れたな…、でも明日は休みだ、明日は一日ゆっくり寝よう…、


そう思いながら歩いていてなんだか違和感を抱く。ずいぶん来た道を戻ったと感じるのに、まだ知っている道に出ない。

疑問に思いながらも一度立ち止まり、iPhoneの地図アプリを開く。位置情報は常にオンにしているはずなのに、そこに表示されるのは“位置情報を取得できません”の文字。
なんで?と思いつつ、設定画面から、位置情報サービスを確かめるとやっぱりオンになっている。

なんだか妙な焦りがうまれる。心なしか心拍数が上がったような気分になる。

そうだ、駅に戻ればいいんだと、速足気味動き出す。
だが何しろ知っている道がないのだ。駅がどの方向なのかもわからない。
同じようにこれから帰宅するのだろう何人かの人に道を尋ねながら駅へ向かい、
駅に着いたときには焦りは本格的なものへと変わっていた。


そこには確かに知っている駅があるのに、何度周辺を歩いてみても、自宅へと続く道がないのだ。


なんで?なんで?

心臓がどくんどくんと脈打つ。

おかしいと思いながらもう一度iPhoneを開いた。それでもやっぱり“位置情報は取得できません”の文字。
安心を得たくなって、友人に電話をかけようと電話帳から連絡先を選ぶ。
表示されている番号をタップしてさらに焦燥感を抱いた、“ネットワーク接続なし”の文字。その文字にはっとして、画面の右上を確認すると、電波を探そうとしているのか、本来ならば4本あるはずの柱が、丸い点となって動いていた。

こんな都会で電波が通じないなんてそんなこと、あるわけない。

こわくなって、明かりの灯るコンビニへと急ぐ。手に持つ袋がさらにガサガサと音を立てる。

「あの、すみません、あの、、」

傍目に見ても挙動不審に見えるであろう私の声かけに、店員は怪訝な顔をしつつも応えてくれた。





「ありがとうございましたー」

コンビニ店員のあいさつと、退店を知らせる音楽が流れる。
私の脳内は店員に言われたことでいっぱいだ。

自宅に帰ろうと、自宅近くにあるスーパーを目印に、どこにありますか、との質問に、店員は地図を出しながら首をひねった。
この辺にありますか?と逆に問いかけられてしまった。
私は固まって、じゃあこれは?これは?と目印になりそうな建物を次々と挙げた。だが店員の反応はすべて同じだった。
店員は親切にも、地図ではなくスマートフォンを用いて探してくれたが、私の挙げたものは存在しなかった。
焦りがピークに達した私は、自宅マンションまで店員に検索させた。結果的にいうと、そのマンションは存在しなかった。住所を検索すると場所は存在したが、そこにはマンションなんてなかったのだ。自宅住所が出たことで、その周囲を店員のスマートフォンのアプリでくまなく見た。だがどう見ても、何度見ても、私が知っている景観ではなかったのだ。



そのままコンビニで固まっておけるはずもなく、行くあてもないが店を出て途方に暮れる。
どうすればいいのかわからない。
本当にどうしよう。
このままさまようわけにもいかなくて、とりあえずホテルへ向かう。


三日月型に見える朧月が、やけに明るく見えた夜だった。







見慣れたはずの街で、迷子になる
混迷、焦燥、絶望感


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