“五条悟”が突撃訪問してくれたせいで、あの後の私は大変な目にあった。
閉店後、お客さんが誰もいなくなってから店締め作業に入った途端、特に女性陣からものすごい勢いと圧で「さっきの男は誰だ」と詰め寄られた。
詰め寄られても、“五条悟”について私が言える情報なんてあるわけがない。
その場は曖昧に笑ってごまかそうとしたし、やっぱりみんな大人なだけあって私が答える気がない(正確には答えられないなんだけど)空気を察したのか、それでも全力で根掘り葉掘り聞いてやろう、なんて人はいなかったけれど。
この時だけは、こっちの世界に来てからなんとなくどんな同僚とも一線を引いて接していたのが役に立ったかもしれない―――なんて、そんな接し方しかできないことをやましく感じたり、感謝してみたり、私ってふらふら中途半端だな、と思って店を後にした。
従業員専用の裏口から出たけれど、結局駅に向かうために正面入り口のほうへ回る。
それにしても、つぎにまた“五条悟”が来たらどうしよう。
まさか職場を知られるなんて、思ってなかった。
どうやって職場を突き止めたんだろう、というよりも、突き止められたのは職場だけなのか?
もし私のことも知られていたら?
いや、知れるはずがない、だって、“私”はこの世界には存在しないはずなのだから。
でも、“存在しない”ことを知られていたら?
「…いやいや、さすがに知れないでしょ……、知れないよね…」
自信はない。なんたって相手はジャンプのキャラだ。多分なんでもできる。
なんでもできるから、一瞬会っただけの私の職場を突き止めることができてるのだから。
………もし、知られていたら、
「どうしよう…」
「何が?」
「…え?」
なんでいるのですかここに。
「いやー、どこから出てくるとかわかんなくてさあ。とりあえずここで待ってみたんだけど、正解だったみたいだね。」
「…え、いやあの正解とか言われても…」
目の前の人物についての考え事をしながら正面入り口まで来たとき、まさか考え事してた人物が目の前に現れるなんて何のどっきりだ。
「また来るね、って言ったでしょ?」
「…はい……」
言ってましたね、確かに言ってましたよ、近々来るねって。
近々ってこんなに近くの時間のことさすんですか!
「さっきはほら、都合悪かったみたいだから。今ならもう閉店してるし、話はできるよね?」
「…話と言われましても……」
もうすでに私の気持ちは負けてしまっている。
そして私は友人に大切なことを聞くのを忘れてしまっていた。
この人は…どっちだ?!敵なの?!味方なの?!
敵だとしたらもうすでに私死んでるのか?そう考えると味方か?
いやそう見せかけての敵か?!
ジャンプ的に敵なのか味方なのか、どちらかによって対応はすごく変わってくる…
だからなんで私は人の話をちゃんと聞かなかったの!!!
「内容、わかってるでしょ?さっきも聞いたけど、君、誰?」
いろんなことを考えすぎて、なんだか私の態度は挙動不審だと思う。
心臓の鼓動がわかるぐらい全身にばくばくと血液を送っているのに、頭は血の気が引いてる気がする。
もうなんて答えたらいいのかわからない。
この人は、本当に私のことを知らないんだろうか、職場は突き止めたのに。
知っていて鎌をかけてるんだろうか。
いや、でも、鎌をかけられたところで、私は確かにこの世界の人ではないけれど、でもこの“五条悟”の世界のことを知っているわけでもない。
つまり、私から聞き出せる情報なんてないのだ。
つまり、ここは堂々としても平気か?
「…知らない人に、答えられません…」
…いや堂々とは無理だわ。普通に無理。
「いやいや、知らないわけないでしょ〜、この前君、僕の名前言ってたじゃん」
………そうだよ、敵だとか味方だとか、私の存在知ってるのかとか、聞き出せる情報はないとか、そういうことは後回しなんだよ、私が怪しい行動とっちゃったんだよ!
「…いや本当にその…知りません……」
苦しい。すごく苦しい。この言い訳は苦しい。
「この前僕の名前言ってたってことは否定しないってこと?」
「…言ってません…」
いやもう嘘ついてるって確実にばれてるんだろうなあ、終わったか?私の人生が。
なんかすっごいじろじろ見られてる気がするし!
「ん〜、見た感じ君普通の人なんだよね、呪力もなさそうだし。」
「……じゅ、呪力?」
「あ、こっちの話ね」
“呪術廻戦”ってそういう呪力?とかが見える系の漫画なの?
それよりもどうしよう、もう知らないが通用しないことも、私が怪しいこともわかってる、でもどう逃げたらいいの…!
思わず目をぎゅっと瞑ったその時。
「お、っと。」
“五条悟”の携帯電話に着信音が響いた。
ディスプレイで誰の着信か一瞥した後、ため息をつきながら電話に応じた。
…今しかない。
“五条悟”が一度、電話に気を向けた隙に私は一目散に逃げ出した。
追いかけてくるかと思っていたけど、追ってくることはなくて、息を切りながら駅の改札を抜け、タイミングよく到着した電車に乗り込んだ。
遅い時間の電車なだけあって、席はすかすかに空いている。
息が切れているから迷惑にならないようになるべく人との距離があいている席に深く座り込んだ。
はーっと息を吐いて、どうにか鼓動を落ちつけようとする。
今日は逃げられたけど、これからどうしよう…
すぐには出ない問いに頭を悩ませながら、帰路につけたことに安堵もした夜だった。
抱える問題が山積みで、
そろそろ窒息してしまいそう