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無意識に一歩後ずさる。しかし、そんな些細な抵抗は男の前には無意味だった。
ぐん…と男が一歩前に詰め寄る。それだけで雪弥との距離は一瞬で縮まる。
気が付けば男は目の前にいた。
「……ひっ!」
男の大きく武骨な手の平が、妙にいやらしく雪弥の白くまろい頬を撫でる。
その行為に、手の平の感触に、心が悲鳴を上げる。肉食獣に捕食される草食動物のような面持ちだった。比喩ではなく、それほど恐ろしいのだ。
ガチガチと歯が音を立てる。寒い。外の冷気のせいではなく、男から発せられるオーラに体が芯から凍えた。
怯えを色濃く映す琥珀の瞳は、男に囚われたまま動かない。
そして。
「……ユキヤ」
雪弥の精神は限界を迎えプツリと途切れた。
(あれ、なんで…僕の名前……)
一つの疑問を残して。
「ユキヤ…私の美しい蝶……」
男は艶然と呟くと、己の厚い胸板に崩れ落ちた雪弥の細い四肢を抱きしめる。
暫くその折れてしまいそうな華奢な体と、首筋から漂う花の蜜のように甘く芳しい香りを存分に堪能すると、目蓋にそっと口付けを落とし雪弥を横抱きに抱えた。
その扱いは硝子細工を扱うかのように丁寧だ。
男を知る人物がみれば、目と口をあんぐりと開ける違いないことだろう。しかし幸か不幸か、ここには男と雪弥しかいない。
「軽いな……」
確かに見た目にも抱きしめた時にも細い肢体だとは思ったが、こうして抱き上げてみれば、その軽さがより一層よくわかる。
細いのも悪くないが、これは些か心配になる程だ。もう少し何か食べた方が良いだろう。さて、何が良いか。
確か雪弥は甘いもの、特にフルーツをあしらったものを好んで食べていた筈だ。
今が旬のものはなんだったか。
苺などもう出ていたような気がする。
雪弥のために最高級品のフルーツをふんだんに使った極上のスイーツを用意しておこう――――。
男は上機嫌に考えを巡らせ、見る者を虜にする笑みを載せる。
そして、夜闇の向こうに消えて行った。
雪弥を連れたまま――……。
鈍色に光る小さな鍵だけがそこにあった。
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