その日はいつもより風の冷たい日だった。



「お疲れ様でした。お先失礼しますね」

高校を卒業して三年。
昨今の日本にしては珍しく、雪弥は大学には行かず地元の花屋に就職していた。
学生の頃からずっとこの花屋で働いていたためか、就職はすんなりと決まった。
店長や従業員たちとも気心は知れている。
幼少時より成人を過ぎる今になるまで花が好きな雪弥にとっては、正に天国とも言える職場だ。

今日も特段、変わったこともなく平凡に一日の仕事は終わった。
やけに客が花ではなく雪弥自身を構ってくることは、何時もの、それこそアルバイト時代からのことだ。始めの内は驚きの余り狼狽え戸惑ったが、店長である美和がほっとけば良いと言ってくれたので、不思議には思ったもののそれ以上気に留めはしなかった。

実際の所は、雪弥の清廉で儚げな白百合の如き美貌に逆上せ上がって、皆がその心を射止めようと必死になってのことなのだが、雪弥がその事実に気付くことはこれからもずっと無いであろう。
雪弥にとって中性的な容貌はコンプレックスにこそなれ、自慢に思うことはありはしないのである。
二月も半ばを過ぎ、梅が咲き始めたといえども、春は遠くまだまだ十分寒い。特に今晩はやけに風が冷たく感じた。

「うー寒い。早く帰って暖まりたいな」

花屋の仕事は水仕事が多い。きんきんに冷えた指先が寒風に染みた。

白い吐息を吐いて、クリーム色のマフラーを口元まで上げる。肉のない華奢な体つきをした雪弥は暑いのも寒いのも苦手だった。

意識して歩くスピードを速める。
安さで借りたボロアパートは隙間風をよく運んで来るが、外よりかはましだろう。
家には薄いしスイッチも入れられないが炬燵もある。この夜風に晒された体を暖めてくれる筈だった。

そう。筈だったのだ。

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