30


土を入れ、種を植えた飾り鉢に水を撒く。
リビングの出窓に飾られたそれは、少しだけ部屋の内装としては違和感があったが、雪弥は全く気にしてなかった。

花を見るのは勿論だが、こうやって育てるのはもっと好きだ。ちゃんと愛情を込めた分だけ花は美しく咲いてくれる。
世話をしなければ簡単に病害にかかってしまったりもするけれど、真っ直ぐに茎を伸ばして成長する様に弱々しさはない。
今はまだ芽も出ていないが、きっと素敵な花になる――。そう何時か来る日を思い浮かべるだけで、雪弥は楽しくなった。

「機嫌が良いみたいだな」
「……あ」

いつの間にそこに居たのか、アラストルが雪弥の後ろに立っている。未だ雪弥の中には恐怖心や怯えが残っているものの、震えたりすることはない。小さく息を吸い込み心拍数を落ち着けると、雪弥は口を開いた。

「…はい。こうやって花を育てるのは、何だが久しぶりで、楽しいんです」
「そうか」

答える言葉は短いが、素っ気なさは感じない。
今まで感じてきた泥のような狂気が成を潜めているせいか、纏っている雰囲気がやけに優しいように思えた。
「あの……」
「何だ?」
「二人でこの花を咲かせようって僕が言ったこと覚えてますよ、ね…?」
「ああ。当たり前だ」

アラストルからしてみれば、あの至福とも言える出来事を忘れることなど、まずあり得ない。雪弥の台詞、行動、態度、表情、それら全てが脳に焼き付いているのだ。
この記憶は死ぬ間際にも忘れず墓場に持って行くことになるにだろうと、確信を持ってそう思えた。

「じゃあ、交代で世話をしませんか?多分、貴方はお仕事が忙しいだろうし、花の育て方とか知らないと思うんですけど、その…教えますから」
「そうだな。私にはそう言ったことはさっぱりだ。宜しく頼む」

おずおずとしながら持ち掛けた提案に、アラストルは穏やかに了承の意を伝えると、雪弥は嬉しそうに『はい!』と答えた。

その時、微かに、本当に微かにたが、雪弥がうっすらと微笑んだ。
それは正に花が綻ぶようなと言った笑顔で。
「……っ!」

思わず、アラストルは雪弥を抱きしめた。
たちまち雪弥の体が強ばる。その反応がアラストルの胸を抉ったが、構わずにそのまま腕の中に閉じ込めた。

「あ、の……」
「やっと、笑ったなユキヤ」
「え?」
「ようやく、見れた…」

それは本当に微かで、見逃してしまいそうなものではあったけれど、確かに望み続けた雪弥の笑顔で。
雪弥の笑顔を奪ったのは間違えようもなく己だが、こうして与えたのもまた自分なのだ。
そのことがたまらなくアラストルを歓喜させた。
ああこのまま、雪弥の全てを支配し自身のものにしてしまいたい。己のためだけにずっと笑い続け、己の腕の中にだけで生きて、そして死ねば良い。さながら、虫かごの中だけで羽ばたく蝶のように。

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