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アラストルの行動からすれば、本来は大輪の花束などを贈っていただろう。わざわざ一から作るものを雪弥に渡したりはしない。
だが、アラストルは何故かそれを雪弥に与えていた。
「何で、こんな……」
「花が、好きだと言ったからな…」
独りでに漏らした呟きは、いつの間にか雪弥の後ろにいた男から返ってきた。
振り向くと、丁度手の届かない位置にアラストルがいる。
「気に入らないか?」
「え!…ぁ、いえ、そんなことないです。嬉しいです…」
「そうか。なら良かった」
この人は分からないことばかりだ。
なぜ、こんなものをくれたのだろう。
なぜ、そんな優しそうに笑うのだろう。
なぜ……辛そうに雪弥を見るのだろう。
普段であれば恐怖しか感じない暗い瞳が、何故か今は恐ろしく見えない。始めて、男に強制されてではなくアラストルと視線を合わせた。
しかし、それはほんの数秒間だけ。
何時もとは逆にアラストルが視線を反らす。
そしてそのまま、雪弥を見ずに部屋から出ようとした。
「あ、あの…!」
咄嗟に、引き止める声が出た。雪弥自身も分からない、何か目に見えないものに突き動かされる。
アラストルは足を止めはしたが、こちらを見ない。
「あの……、花を咲かせませんか…?」
まるで面接や受験を受けた時のような緊張が雪弥に走る。定まらない目線をあちこちに向け、瞬きを繰り返す。
「その、一緒に花を……」
「何故だ」
「……え?」
「なぜ私にそんなことを言う」
「…僕にも、よく分かりません。ただ、貴方に怯えたままではいたくない。負けたままでいるのは嫌です。だから…」
空白が一瞬、降りる。
「僕は多分、貴方と向き合いたいんだと思います…」
出会った時からそうだった。アラストルの異様な雰囲気に怯え続け、何時も目を反らしていた。諦めないと決めた時も、所詮それは自身の殻に閉じ籠ることでしかなかった。逃げたくないと言いつつ、無意識に逃げていた。
しかし、昨日と今日の邂逅でアラストルは恐ろしいだけでも、酷いだけの人でもないんじゃないかと思ったのだ。
向き合えば、何かが変わると思った。
今のまま、拒絶し続けていたら遠からず、自分はどこか駄目になるだろう。
蝕む毒にやられる前に、一歩を踏み出す。
「だから、二人で花を咲かせませんか?」
その言葉が、想いが、どれだけアラストルを揺さぶったか、雪弥は知らない。
気付けば、雪弥は男の厚い胸板に抱き込まれていた。痛いくらいにぎゅう、と抱き締められる。
「ユキヤ。私は、お前を傷付ける愛し方しか分からない」
身を切るような小さな慟哭。想いの丈をそこに全て詰めてアラストルは告げる。
「だが、私はそれでもお前を手離せない。好きなのだ、どうしようもなく。
――――私という存在全てをかけて、ユキヤ、お前を愛している……」
それに答える声はない。
だが、その背中には細く白い腕が回されていた。
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