29


アラストルの行動からすれば、本来は大輪の花束などを贈っていただろう。わざわざ一から作るものを雪弥に渡したりはしない。
だが、アラストルは何故かそれを雪弥に与えていた。

「何で、こんな……」
「花が、好きだと言ったからな…」

独りでに漏らした呟きは、いつの間にか雪弥の後ろにいた男から返ってきた。
振り向くと、丁度手の届かない位置にアラストルがいる。

「気に入らないか?」
「え!…ぁ、いえ、そんなことないです。嬉しいです…」
「そうか。なら良かった」

この人は分からないことばかりだ。

なぜ、こんなものをくれたのだろう。
なぜ、そんな優しそうに笑うのだろう。
なぜ……辛そうに雪弥を見るのだろう。

普段であれば恐怖しか感じない暗い瞳が、何故か今は恐ろしく見えない。始めて、男に強制されてではなくアラストルと視線を合わせた。

しかし、それはほんの数秒間だけ。

何時もとは逆にアラストルが視線を反らす。
そしてそのまま、雪弥を見ずに部屋から出ようとした。

「あ、あの…!」

咄嗟に、引き止める声が出た。雪弥自身も分からない、何か目に見えないものに突き動かされる。
アラストルは足を止めはしたが、こちらを見ない。

「あの……、花を咲かせませんか…?」

まるで面接や受験を受けた時のような緊張が雪弥に走る。定まらない目線をあちこちに向け、瞬きを繰り返す。

「その、一緒に花を……」
「何故だ」
「……え?」
「なぜ私にそんなことを言う」
「…僕にも、よく分かりません。ただ、貴方に怯えたままではいたくない。負けたままでいるのは嫌です。だから…」

空白が一瞬、降りる。

「僕は多分、貴方と向き合いたいんだと思います…」

出会った時からそうだった。アラストルの異様な雰囲気に怯え続け、何時も目を反らしていた。諦めないと決めた時も、所詮それは自身の殻に閉じ籠ることでしかなかった。逃げたくないと言いつつ、無意識に逃げていた。

しかし、昨日と今日の邂逅でアラストルは恐ろしいだけでも、酷いだけの人でもないんじゃないかと思ったのだ。

向き合えば、何かが変わると思った。
今のまま、拒絶し続けていたら遠からず、自分はどこか駄目になるだろう。
蝕む毒にやられる前に、一歩を踏み出す。

「だから、二人で花を咲かせませんか?」

その言葉が、想いが、どれだけアラストルを揺さぶったか、雪弥は知らない。

気付けば、雪弥は男の厚い胸板に抱き込まれていた。痛いくらいにぎゅう、と抱き締められる。

「ユキヤ。私は、お前を傷付ける愛し方しか分からない」

身を切るような小さな慟哭。想いの丈をそこに全て詰めてアラストルは告げる。

「だが、私はそれでもお前を手離せない。好きなのだ、どうしようもなく。
――――私という存在全てをかけて、ユキヤ、お前を愛している……」


それに答える声はない。

だが、その背中には細く白い腕が回されていた。

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