(閑話、アラストル視点)


雪弥の住む部屋からは少し離れた位置にアラストルの仕事部屋はある。全体的に淡い色で纏められた邸内とは違い、この一室はシックな感じで造られていた。

どこか乱暴にペンを動かす音が室内に響く。
アラストルは一見、無表情であったが不機嫌なオーラを背後に携えていた。

普段から雪弥のことで一杯な頭だが、今は更に雪弥一色で染め上げられていた。
原因は無論、先日の怒りに身を任せて雪弥に強いてしまった酷いセックスのことだ。

あれからの雪弥は無気力に花を眺めるか、夜中独りで涙を流し続けるかしかしなくなっている。
普通に寝ようとしてもあの事が悪夢となって再生され、魘され飛び起きてしまってすらいた。

自己嫌悪で顔が歪む。
愛そうとすればするぼと、雪弥が遠くなる。
だが同時に、恐怖でもなんでもあの愛しい青年の心が自分に支配されることに、暗い愉悦も浮かぶのだ。
あの時も、泣きながら己のを奉仕し、最終的には屈服に等しい言葉を吐かせたことに、征服欲や嗜虐心が満たされたことも確かであった。

それもアラストルの紛うことなき本心なのだが、だがしかし、それ以上に雪弥から愛されたいと思うのだ。

「どうすれば良いのだ……」

黙っていても見目の良い女や男は勝手に寄ってきた。
自分から何かを欲したり執着したりすることは雪弥が始めてで、どう接すれば良いのかさっぱり分からない。
あれは物になびく人間ではないし、どうすれば自分に多少でも好意を持ってくれるようになるのだろうか。
分からないまま何も行動起こせずに一週間が過ぎていた。

己はこんなに情けない人間だっただろうか。いっそ自分も雪弥も壊れてしまえば楽なのかもしれない。だが……。

「そうなれば、二度とあの笑顔を見れなくなるだろうな…」

思い出されるのは始めて雪弥を見たあの日。
車の窓越しからでも鮮烈に美しかった雪弥の花へ向けた微笑みに、アラストルは一瞬で恋に落ちたのだった。

目蓋を閉じれば今でも鮮明に、あの情景を思い浮かべることが出来る。

あの笑顔を自分だけのものにしたかった。
だからキラキラと輝くお気に入りの宝石を、誰にも見せなくするのと同じように、この邸に隠した。自分以外は目に触れぬようにと。

けれどいつの間にか、青年の微笑みは消えていて。

もう一度だけでも良いから、遠目でも構わないから、雪弥の笑顔が見たい。
思い返せば、アラストルは雪弥の泣き顔と、恐怖と、恥辱に歪んだ顔しか見たことがなかった。そんな自分に自嘲が落ちる。



気付けばペンは止まっていた。この状態では出来るものも出来なくなるだろう。
どうせなら気分転換に外に出るのも良いかもしれない。
そう思い、アラストルは外に出ることにした。


穏やかな陽光が荒んだ気分にはどこか憎たらしい。
考えもせずに適当に歩いていたら、無意識に雪弥の部屋の方向、つまり花の庭園へと向かっていた。
どうやら体は勝手に雪弥を求めるらしい。
いったん足が止まるが、いい加減、雪弥不足が限界が近い。
遠くから見るくらいなら別に構わないだろう。気配でも消せば武芸も習っていない一般人の雪弥が気付く訳もない。

アラストルは止めていた足を動かした。


花に囲まれて立つ雪弥が見える。繊細な面ざしが憂いを秘めた姿は、一枚の絵画のようだった。

あの細い体を思いきり抱きしめ貪り尽くしたいと雄が顔を覗かせるが、それ以上に花を見ても笑顔を戻さない雪弥に、嘆く自分がいた。

「ユキヤ…」

哀しげに佇む姿が苦い。

これ以上ここにいても更に自身を嫌悪するだけだと思い立ち去ろうとするが、一瞬、雪弥の瞳をよぎった光に体がピタリと止まった。

それは本当に微かなものだったが、あの時の微笑みと同じ光が瞳に灯っていて。

気付けば気配を隠すのも忘れていた。

雪弥の驚きと怯えが混じった色の瞳と合わさる。

「…花が、好きか」

零れた問いの答えは、分かっていた。


(花に向けてで良い。
もう一度、あの微笑みを……)

そう願うことも、愚かだと誰かは言うのだろうか。

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