27


鮮やかな羽を持った蝶が花の周りを飛び交う。色とりどりの花が咲き誇る庭園は見るものを虜にさせた。今は2月の終わりとあってか、冬から春にかけての花々が開いている。デージーやストックなどが目を楽しませてくれた。

雪弥は一人、その花園を眺めていた。



あの出来事から一週間。あれ以来、アラストルは一度も会いには来なかった。
代わりにと言うか、ディンやケインが護衛や世話を兼ねて一日に何度か部屋を訪れる。が、それだけだ。二人の口からも男のことは聞かない。
まだこうして過ごせているということは、雪弥に飽きたわけではないのだろうが、それも何時まで持つのだろうか。雪弥はぼんやりと思った。

気が付けば、アラストルのことばかり考える自分がいる。
しかし決してそれは甘いものではなく、恐怖からくる呪縛だ。
男の目を、空気を脳裏がよぎるごとに全身が震え出す。
そしてまた、結局アラストルに怯え、欲求に負けた不甲斐ない自分も一緒に思い出されるのだ。
あの時の屈辱は今も心をじくじくと災なむ。
諦めないと、負けないと決めたそうそうに屈してしまった自分。情けなくて仕方ない。

雪弥はあの日から、暇さえあれば一日中こうして花を見ていた。
何も語らない花たちは、その存在だけで荒んだ心を癒してくれる。

「僕は……」

どうすれば良いのだろう。
どうしてこうなってしまったのだろう。
そんな考えばかりが頭を巡る。
眠れぬ夜が続く日々。体の痕を見る度に自分と男の嫌悪が入り混じる。
もう、この一週間で何度ため息を吐いたか分からなかった。

男で在りたいと願うのに、男で在ろうと決めたのに、男で在ることを否定される行為や扱いが、見えないナイフとなって雪弥を傷付ける。
癒えた筈の傷がじくじくと痛んだ。





花の囁きや鳥の鳴き声に混じって、微かに草を踏みしめる音が聞こえる。
音のした方を振り向くと、三メートルほど離れた先にアラストルがいた。上質なダークスーツを身に纏いながら花に囲まれて立つ姿は、どこか滑稽である。
しかしそんな違和感は緊張を解す緩衝材にはならなかった。
みるみる雪弥の体が強ばる。一歩足が退くが、今までと違い男が雪弥に近づくことはなかった。

「…花が、好きか」
「……え?」

アラストルが口を開く。が、余りに男のイメージとはかけ離れた言葉に、思わず聞き間違いかと雪弥は疑問の声を上げた。

「……花が…好きか」

しかしもう一度繰り返し聞く言葉は先ほどと同じもので。
ついまじまじと見返すが、彫像のように変わらない表情からは、何かを伺い知ることは出来かった。

「……はい」

アラストルを見詰めたままでいると、苦い記憶が次々と浮かんでくる。それが辛くて、逃げるように顔を反らし雪弥は答えた。
その時に一瞬、アラストルの顔が歪むがしかし、雪弥がそれを見ることはなかった。

「…そうか」

それっきり声が途切れる。

それ以上二人の距離が縮まる訳でもなく、ただじっと、お互い花を見続けた。

「……貴方は…、貴方は、花が好きですか」

小さな、聞き溢してしまいそうな声がする。
それは雪弥からだった。

驚いたのか、アラストルが効果音が付きそうなほど勢いよく雪弥を見た。その目は驚愕に見開いていたが、雪弥のものと合わさることはなかった。

雪弥自身、なぜ自分がこんなこと言ったのか分からない。
わざわざ接点作る必要もないのに、気が付けば、どうしてか男に尋ねていた。

幾ばくかの静寂。

「そう、だな。……嫌いでは…ないのかもしれない」

それはとても曖昧な答えであったが、何事にも興味を示すことのなかったアラストルには、精一杯のものであった。

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