22


この邸に連れて来られてもう二日、いや三日経っただろうか。

雪弥が行き来した部屋には時計やテレビなど時間を知るものがなく、変則的な時間でこの日までを過ごしてきたから、時間感覚がくるっているようだ。
確かなものを知るには空を見上げるしかない。それにしても太陽や月の動きで正確な時間を計る能力などはないので、随分と曖昧である。
だいたい朝と昼の間、十時くらいだろうとあたりをつけて起き上がる。

覚悟も決め、ぐっすり眠ったおかげか、疲れは感じなかった。

さんさんと陽光を浴びて開く花々が綺麗だ。敷地内なら外に出ても良いとアラストルは言っていたはずだから、今日はあの見事な花畑でも見に行こうか。
雪弥は意識して気分を高揚させて、緊張を解いた。

「よし。頑張ろう」

一つ呟いて気合いを入れる。それだけでどうにかやれる気がした。




しかし、あの男……アラストルはその存在だけで、あっさり雪弥の脆いバリケードを壊しかかった。


ドアを開いた先にいるアラストルの後ろ姿が壁となって、雪弥はそれ以上前にも後ろにも動けない。立ち往生していると、アラストルが振り向いた。


「目が覚めたか」
「……っ!」

底無しの瞳が雪弥を見つめる。体が思わず後退しそうになるが、それを寸でのところで堪えて、負けるもんかと睨み返した。

が、しかしと言うか当たり前と言うか、アラストルは全く意に返さず、悠々としている。
いや、寧ろ嬉しそうにうっそりと微笑んですらいた。

「ああ……良い目だ」

ゆっくりとこちらへ歩いてくる。柔らかな絨毯は男の足音を消した。
その横柄な態度は、雪弥が逃げるとは考えてもいないようだった。
事実、雪弥は華奢な体を真っ直ぐに、アラストルを見据えている。

アラストルはその様子に喉奥を鳴らした。

――――ぞくぞくする。
瞳に、欲情の炎を隠しもせず燃やし上げた。

染みもできものも一つもない白磁の肌をピアニストのような指が這う。頬、鼻筋と辿り、緊張でかさついた唇をつぅっとなぞる。と、引き結んだ唇を割って、歯列をもなぞった。思わず驚いて口を開ける雪弥。
瞬間、指が入って舌を弄った。

(……このっ!)

本来、男はマフィアで簡単に人を殺してしまう人間なのだから、大人しくしておくべきなのだろう。
しかし、この扱い、態度、目、どれも気にくわない。

雪弥は苛烈な瞳でアラストルを睨めつけ、思いきり、歯を立てた。がりっと嫌な音がする。口にじんわりと広がる鉄に似た味に、思わず呻いて歯を緩めた。

「くくっ……。そういう態度も悪くないな」

アラストルは雪弥の行為を怒るどころか、楽しそうにして笑う。
このような反抗、男には反抗の内にも入らない、可愛いものなのかもしれない。

微笑はそのまま、血が滲む歯形をアラストルは熱の籠った瞳で見つめる。
そして味わうようにして、嘗めた。

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