21


リビングにディンと雪弥だけが残った。ディンは相変わらず口端を上げながらこちらを観察している。
と、唐突に声を発した。あのめちゃくちゃな関西弁だ。

「ま、今回は運がなかったっちゅうことやな。せやけどそう悪いことだけでもないやろ。ボスはちょうちょはんのために、こないな邸を建ててまうほど熱を上げとるんやからな。旦那は金持ちや、ねだれば好きなもん、なぁんでも買うて貰えるで」
「………僕は男です」
「……ん?」
「いくらあの人や貴方たちが僕を愛人として、女として扱おうとしても、僕は男だ」

雪弥は自分の女性的な容姿がコンプレックスだった。だからか、普段それは成を潜めているが、男だというプライドは人一倍高い。

「例えそうなることが賢いやり方でも、僕は…出来ない、……したくない」

本当は怖い。とても怖い。こちらの生殺与奪権は向こうにあるのだ。世話になった同僚や店長の命まで握られている。
対してこちらのアドバンテージはアラストルが雪弥に惚れているということだけだ。なにかあの男の地雷でも踏んでしまったら、どうなるか分からない。酷く曖昧だ。
それでも雪弥は言葉を続ける。

「だから僕は、男であり続ける。全てをあの人に奪われても、これだけは……僕のものだ」

体はどうしようもなく震えていたけれど、前を見据えて言い切った雪弥の姿は、とても力強かった。

「さよか…」
(旦那、あんた見る目あるわ)

この時始めて雪弥を見るディンの瞳に、光が宿った。
それを雪弥が気付くことはなかったけれど。



◆◆◆



冴え渡る月光がディンとケインを照らす。時刻は深夜二時になろうとしていた。
雪弥はもう眠っている。気丈に振る舞っていたがやはり気疲れしていたのだろう。直ぐに眠りに着いたようだった。

「なぁケイン、あん子落とすんはなかなか大変そうやで」

コーヒーを傾ける。苦い。砂糖二杯入れてくれと言ったのにブラックのままだ。

「そうですか?」
「おお。あん子はアレや。一見脆くて、確かにうつ向いたり、立ち止まったり、壊れかけたりするけど、その度に何度でも前を向く子や。面倒やで、どん底に落ちても諦めない奴は……」

コーヒーに砂糖を二杯入れてかき混ぜる。
思い出すのはあの時、屈しはしないと宣誓した瞬間。
ただ儚げで庇護を受けてばかりの青年見えたが、なかなかどうして骨があるようだ。

「些か信じられませんね」
「ま、そうやろな。せやけど…なぁんやおもろいことになりそうやで」

口にほのかな甘味と苦味が混じる。美味い。やはりコーヒーはこうでなくては、と頷きながら、ディンは楽しそうに笑った。



二人が深夜のコーヒータイムをするより少し前。

雪弥は窓から月にライトアップされた花を眺めていた。

ケインから告げられた恐ろしい言葉の数々。今思い出しても現実感が伴わない。当たり前だ。両親が事故でいないということを除けば、雪弥は平凡な生活を今まで送ってきたのだから。本当はこれはただの夢で、寝て覚めればまた元の生活に戻って花屋で働いているんじゃないか……そんな願望よぎる。
けれど、窓に触れた手から伝わる冷たさが、これは現実だと突き付ける。

さっきはディンに偉そうなことを宣ったが、雪弥の心は崩れ落ちる一歩手間程度。ガタガタだった。

「……でも、僕は…」

足掻こうと思う。
もうどうしようもなくとも、どうにも出来なくとも、最期まであらがってみせよう。
馬鹿でもいい。愚かでも構わない。
諦めたりするものか。

檻に秘めた獣が吼えた。

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