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覚悟は、していた。

あの男、アラストルが一般人などではないことは雪弥にも簡単に分かった。

人ひとりを楽に拉致監禁してしまう権力。

ボスと呼ばれる地位。

何よりも、あの纏うオーラ。

それらが男を普通とは隔絶していた。
だから、そう言われるかもしれないとは思っていた。
けれど、実際に他人から聞かされるその言葉は、とても重い。
ずしりと肩が圧迫されるようだ。

「なぜか、聞いてもいいですか……」

声が揺れる。
恐怖、驚き、悲しみ、怒り。
色々な感情が雪弥を掻き乱す。

「ええ、勿論。
なんとなく雪弥様もお察ししているかもしれませんが、――――アラストル様は、欧州一体を締めるマフィアのボスで在られます」
「……マフィア」

ああ、やはり。そんな感情が胸をよぎった。
しかしだからこそ分からない。自分至って平凡な日本人だ。アラストルのような男に目を付けられる人間じゃない。ただの一般庶民なのに……。
ズボンに皺が寄った。

「雪弥様には不思議でしょう。理不尽だとお思いになるかもしれませんね」

見つめるケインの瞳はどこか無機質だ。それが故意か自然かは平和な世界で暮らしていた雪弥には判断出来ないが、正直有り難かった。
これで同情でもされた日には惨めで仕方ない。

ケインの言葉は続く。

「ですが、貴方には諦めてもらう他ありません。
……数ヵ月前、私とボスの二人は訳合って日本へ訪れることがありました。その時、偶々通りかかった花屋で、偶々そこで働いていた貴方を、ボスは見初めたのです。簡単に言ってしまえば一目惚れでしょうか……。ともかく、貴方を気に入ったボスは貴方のことを調べ上げ、そして次にこの邸を建てました。改めて申し上げましょう。もう貴方は帰れません。ボスは、貴方を逃す気はない」

上手く息が出来ない。呼吸とはこんなに難しかっただろうか。酸素を吸ってるはずなのに、やけに息苦しい。

「貴方の働いていた花屋……タカウラでしたか?あのような小さな花屋、取り潰すことなどボスには雑作もないことです」
「……脅し、ですか」
「さて……、ただ馬鹿なことは考えるな、ということですよ。一般人だった貴方に、ボスから逃れる手はありません。この邸のセキュリティは万全です。最新設備を置いてある銀行にも劣らないでしょう。
それに雪弥様、貴方、パスポートをお持ちで?」

何を言っているのか分からなかった。

「ここは、日本ではありませんよ。金もなく言語も通じない土地で何が出来ますか?それにこの地は謂わばボスの庭のようなもの。例え警察に助けを求めたとしても、ここに戻されるのが落ちです」

じわじわ、じわじわ、逃げ道が塞がれていく。追い詰められた草食動物とは、このような気持ちなのだろうか。働くことを放棄した頭でそんなことを考える。
何か、もっと美味そうな獲物を見つけて、こっちのことなど放ってはくれないだろうか。

「ああ、それと、もしボスが飽きることをお待ちなら、止しなさい、と言っておきましょう。今貴方はボスが寵愛なされているからこのような待遇を享受出来ているのであって、捨てられでもしたら、簡単に処分されますよ。もし生きられても、良くてスラム暮らし、悪くて薬漬けの廃人ですかね。まぁこれでもまだましでしょうが。
と言っても、ボスは我々の想像以上に貴方を気に入っているようですから、そのようなことはそうそうないかと思いますがね」

雪弥は何も答えられない。
ただ一つだけ、ああ、諦めろとは“こういう”ことか……とだけ分かった。
結局、生きても死んでもここにいることは変わらない。
あの男は、自分の全てを奪い捕った。

「…………スープと紅茶が冷めてしまいましたね。温かいものに変えてきましょう」

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