16


コツコツと革靴を鳴らし廊下を歩く。
柔らかな色合いで纏められたこの邸を誰がマフィアの隠れ家、もとい愛人の家だと思おうか。

連れて来られた部下もそれの中に含まれる。未だ何の用でここにいるのか知らぬ者たちも多いのだ。
それを教える役割は、高い確率で自分であろうということに、ケインは気欝なため息を吐いた。

ふと、褐色の肌に黒髪の精悍な男が目に映る。

「おっ!ケインはんやないけ〜」

その人物が奇妙な関西訛りの声でケインを呼んだ。

「…ああ、ディンですか」
「なんやなんや、陰気な顔しとんなー。旦那とは正反対やで」
「……そうでしょうね」

ケインの返答が意外だったのかディンは一瞬、目を開くと直ぐににやにやと笑みを浮かべた。

「へぇ。なんや、ケインはんは旦那の言うとった極上の蝶って何か知っとるんか?」

それは問いかけの形をとった確認。

「ええ、まあ。
……そうですね、調度良い。貴方にもその蝶に会わせて上げましょう。
ああ、くれぐれも粗相のないようにお願いしますよ。ボスに殺されますから、ね…」
「……そらまた、面白そうやんけ」

肉食獣のような獰猛な笑みを作るディンをケインは一瞥すると、さらりと言葉の猟銃を撃った。

「因みに、貴方の仕事はその蝶の身辺警護です。髪の毛一筋損なうな、とはボスの弁です」
「……さいでっか」

効果は抜群であった。

「しっかし、ワイに護衛を頼むなんてますます何者やねん、その蝶って」

ディンがそう言うのも仕方がない。
この男、一見、陽気で軽い兄ちゃんなのだが、実は使えぬ武器は無いとまで言われた凄腕の元殺し屋だったのだ。
五年前、あるマフィアに雇われていたディンはアラストルの暗殺を依頼されていた。
その頃はまだシルフェニアもここまで巨大な組織にはなっておらず、アラストルの命を狙う者は後を絶たなかった。
例に漏れずディンも殺しにかかったのだが、敢えなく返り討ちにされてしまう。
本来ならここで殺される筈なのだが、ディンの腕を買ったのか、アラストルは自分の元に来るか、死ぬかを問いかけてきた。
別段、元の組織に忠誠心なぞなかったディンは、この自分を圧倒した恐ろしいまでに強い男に興味を持ち、彼に降ったのである。
以来ディンは、アラストルにしか膝を折らない。

後にも先にも、ディンが殺せなかった人間はアラストルだけだった。

(本当に、とんでもない……)

それだけ凄い男が護衛につく。
……否、違う。
アラストルが認める腕を持つからこそ、ディンは護衛に選ばれたのだ。
本当に、とんでもない話である。

「何者、ですか。そうですね…ボスの手中の珠、と言ったところでしょうか」
「手中の珠やて?」

蝶、護衛、手中の珠。
もしや……隠し子?
いや、アラストルは手に入れたと言った。と言うことは……。

「……ちょお待ち。まさか、なんや、あー…、愛人やーなんて、言わへんよ、な?」

その言葉にケインはにこりと綺麗に微笑む。

「頭の回転が早くて結構です」

そして止まっていた足を動かした。

「……ほんまかいな」

零れた声に、靴音だけが答えた。

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