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アラストルは尚も暴れ出ようとする雄を抑え、雪弥を風呂に入れて服を着せた。
こんな風にかいがいしく世話を焼くなど、今までにはなかったことだ。
女も男も飽きるほど抱いてきた。
しかしそのどれもがセックスとは名ばかりの性欲処理。
気をつかうことは勿論、事後処理なぞしたことがない。しようなどと思ったことすらない。
そんな情の欠片もない男が、雪弥にはこれである。
アラストルは自分でもらしくないなと口端を皮肉気に歪めた。

しかしそれも仕方ない。
いや、当然なのだ。これは特別なのだから。
身を焦がす恋情も、
唸る執着心も、
煉獄のような情欲も、
狂おしい独占欲も、
全てが雪弥だけに抱くもの。
どうして他の醜い有像無像と一緒に出来よう。
この儚げな眠り姫だけがアラストルを惑わすのだ。

「ユキヤ…愛してる…」

大切に、大切に、腕の中だけの世界で愛でてやろう。
真綿の鎖で繋いで己以外、何も考えられなくしてやる。

時間はたっぷりある。
この瞳に自分だけを映すのだ。

アラストルはそっと髪を掬い口付ける。
こんこんと眠り続ける雪弥を飽くことなく見つめる瞳は、歪んでいるのに柔らかかった。



◆◆◆



雪弥のためにあしらわれたこの邸内では、緊急事態を除き、日本語で話すよう厳命されている。無論、雪弥が母国語しか解さないためだ。
またここに詰める部下たちは皆、アラストルの信頼厚い人物達のみで構成されており、それだけで雪弥の寵愛具合が知れた。

「……まったく、とんでもないですね」

アラストルの右腕と名高いケインは、ぽつりと呟く。
今まで長い間ボス、アラストルの秘書をしていたが、ここまで誰か一人の人間に入れ込むのはケインでも初めて見た。

数ヵ月前、日本へお忍びに行った時、偶々見かけた花屋の青年。
確かに美しい容姿をしていたし、心根も最近では珍しいほどに純朴だ。
だが、それの何がそこまでボスの琴線に触れたのか分からない。

急に彼について調べろと言われ、それこそ青年自身も知らないのではないかというところまで徹底的に身辺を洗い、それが終わったかと思えばこの館を建て始めた。
ボスにここを青年の家にすると聞いた時は、幻聴かと思ったほどだ。
ボス手ずから内装や家具を決め、服を選び、花園まで造った日には、ボスには悪いが青年が気の毒になったものである。

一番間近で見てきたから分かる。アレは異常だ。
今までボスを恐ろしいと感じたことは数あれど、あの時ほど背筋がうすら寒くなったことはない。

そしてとうとう、青年はこの華やかな牢獄に連れて来られた。
青年がこの先一生をここで過ごすのはもはや確定事項だ。

ボスは、狙った獲物を逃さない。

「それがあの青年なら尚更ですね…。彼には悪いですが……」

一度蜘蛛の巣に囚われた蝶は、二度と自由に空を飛ぶことは出来ないのである。

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