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しかし実際のディンは何も知らない。
なので持ち前の好奇心と陽気さでアラストルに声をかけた。
「なんやなんやぁ、随分とご機嫌やないですか旦那ー」
「ディンか」
「はいな、俺でっせ。それより、何やええことでもあったんですか、旦那」
「ふっ……まぁな」
……驚いた。
本当に驚いた。
普段であれば無視か、良くて無表情か不機嫌そうに淡々と答える筈なのに、このアラストルはうっすら笑みなんてものを刻んでいるではないか。
(いやいやいやいや、マジで誰やねん、こん人。何か悪いものでも喰ったをちゃうか…?)
得体の知れぬものに対する不気味さがディンを襲う。
知らず、顔がひきつった。
「うっひゃ。こりゃまた明日は空から鉛玉が降ってきそうやで……。
それで、旦那がそこまで喜ぶことって一体なんですかいな?」
「――美しい極上の蝶を手に入れてな」
「……は?」
しかし、疑問を口にする間もなく、アラストルは軽い足取りで去って行く。
「……蝶ってなんやねん」
蝶というのがそのままのそれを示しているわけでないことはディンにも分かったが、結局それが何を表しているのかは、分からなかった。
◆◆◆
――――暖かい。
心地よい微睡みと倦怠感に身を包まれて寝返りをうち、夢と現の間をたゆたう。
「……ぅ…ん…」
雪弥は白魚のような手で、温い柔らかな何かを引き寄せようとして……。
「……って、えっ!?」
一気に覚醒した。
がばりと体を起こす。
どうやらここはベッドのようだ。それも一目で高級と分かるベッドの上にいた。
そのキングサイズのベッドは成人男性の雪弥が五人は眠れるほど広々としており、次いでとばかりに天蓋まで付いて百合と蝶の柄をしたレースの帳が下りている。
引き寄せたものはいかにも上質そうな布団。
染み一つないシーツは肌触りからしてシルクのようで。
呆然と辺りを見渡す。
そして絶句した。
目に付くのはどれも上品で繊細な調度品の数々。
それらが部屋を飾り立て、美しく生けられた白薔薇がアクセントとして寝室を彩っていた。
パイ生地のように何重ものレースで出来たカーテンの向こうには、見たこともない花園が広がっている。時折、美しい羽根の蝶が羽ばたいていた。
それはまるで、おとぎ話から出てきた御貴族様の部屋のようで。背筋がぞっとした。
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