トリップ 番外編A | ナノ
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▼ 特大の原動力



夢主が記憶喪失になるお話。山も落ちもナシ。



🔽


あいつの職場から電話があった。
子供を庇って事故にあったと、病院に運ばれたから行ってやって欲しいと言う内容だった。一瞬頭が真っ白になったが渡しそびれていた保険証を持ち直ぐに病院に駆け込んだ。


受付で怒鳴るように居場所を聞けば、治療は終わって病室に居ると案内された。取り敢えず無事な事に一息付いたが、その後の説明でまた思考が停止する。


「ご自身の名前は覚えてるみたいですが、所々があやふやで若干の記憶障害が起きています。頭を強く打っているのでそれが原因でしょう。怪我の具合は問題ありませんので、手続きが終わりましたら帰宅して頂いて大丈夫です。日常生活に差し支えは無さそうですので様子を見てみて下さい。」


詳しく聞けば大江戸病院を知らない、真選組もピンと来ていないようだったと言う言葉。あいつの事を知っている人間にしか分からない、それを聞く限りこの世界の事を知らない事を意味している。つまり、俺の事は恐らく分からない。それ処かここにあいつの知っている物はない。

やべぇな、かなり厄介だ。


扉の前で立ちすくみ中々入ることが出来ない。どうやったら警戒せず受け入れて貰えるんだ、そもそもマジで記憶喪失? 俺の考え過ぎって事無ぇかな。


意を決してノックをすると短い返事が聞こえる。静がに扉を開けると、ベッドに座ってこっちを向いている名前と目が合う。頭には包帯と頬のテープが痛々しい。

俺と目が合っても何も発する事は無く、軽く頭を傾けた後、会釈をし目線を逸らされた。

考え過ぎでは無かったらしい。こいつは俺の事を知らない、多分部屋間違ってんだろうと思われたわ。


いきなり部屋に踏み込んで怯えられても困る、当たり障りの無い所から行くか。


「……怪我、大丈夫か?」


声を掛ければ少し驚いたような顔をして再び顔が俺に向けられた。


「……大丈夫です…。」

「入っても良いか?」

「えっ、」


曖昧な頷き方だったが、部屋に入り近付く。それでも距離は取った状態で止まって話し掛けた。


「手続き済んだら、帰って良いって。」

「…あ、えと、すみません、お部屋間違われてませんか?」

「間違って無ェよ、名前だろ。」


名前を呼べば目を見開き、明らかに驚いた顔をした。黙って喋らなくなったこいつの変わりに俺が言葉を繋げる。


「医者は何も言って無かったのか?」

「……若干の記憶障害が起きていると、」

「正確には記憶喪失だ。今のお前には、少なくてもここ1ヶ月の記憶は無い。俺の事が分からないのがその証拠だ。」

「…私の、知り合い、なんですか?」

「まぁな。」

「そ、ですが、すみません覚えてないみたいで、事故にあったのも覚えてないので最近の記憶は本当に無いのかも知れないです。心配して来てくれたんですか?」

「あぁ、連絡来たからな。保険証持ってきた。」

「え?私の保険証ですか? ……家に置いてある筈なんですけど、…どうやって、……。」


あ、やべ、ミスったかも。一気に不審者を見るような顔になった。


「お前、外見た?」

「…外……ですか、」


この際だ遅かれ早かれ分かる事だし、この世界が自分の知ってる世界じゃないと分かってくれた方が話しやすい。


横目で俺を見ながらベッドから下り窓に近付く姿を見守った。暫く下を見てから顔が上を向いた瞬間止まり、首を傾けながらじっとそれを見ている。


「なにあれ。」

「宇宙船」


俺に言われた問では無かったが、他に答えるヤツも居ねぇし勝手に答えると直ぐ様振り向いてきた。

だけど目を細め、軽く不機嫌になってる。


「貴方、何なんですか?」

「本当の事だ。あれば宇宙船、天人って言う奴らがメインで乗ってる。」

「意味が分かりません。貴方誰です? 」

「なら説明出来るのか? 空に浮いてるモン何だと思うんだよ」

「知りません。」


いやもう完全に間違えたよね。何でお互いこんな喧嘩腰? こいつ自分納得しねぇと曲げねぇもんな、でも今は口でしか説得出来ねぇ、触れたら確実に叫ばれる、つか蹴られるな。


「退いて下さい。」


睨み付けながらそう言ってくるこいつは、ここを出て何処に行くつもりなんだ。


「……悪い。…急に俺の事覚えてねぇとか、……結構堪えて気ィ立ってた。……最初から話させてくんねぇかな。」

「……」


ここを出て行かれたら余計話すのは難しくなる。突然病室で目を覚ましたんだろう、何故自分がここに居るのかも分からない、その上知らねぇ男が入ってきて意味分かんねぇ事を言い出されたら、そりゃ切羽詰まった状態にもなんだろ。

何でそれを考え無かったんだろう、自分の事を覚えていない事に目が行って、こいつの不安も状況も考えていなかった。今更反省しても遅せェかもしんねぇけど、俺に引き止める事は出来んのか。


「……すみません、私も、自分の状況すら訳が分からなくて。……八つ当たりしました。」


下げてた目線を上げれば、さっきまでの険悪な空気では無く申し訳なさそうに下を向きながら自分の腕を触っている。

「いや、俺が考え無しだったから。お前が謝る事じゃねぇよ。」


今度は目線を俺に向けてじっと見つめてくる。暫く見つめて来たと思ったら、また窓を向いて話し掛けてきた。

「宇宙船、なんですか?」

「あぁ、……この病院の名前、聞いても分からなかったんだろ?」

「……はい、」

「ここは、江戸っつー所なんだけど、知らねぇだろ?」

「……知らないです」

「基本的に、着物が主流なんだ。真選組っつーのはお巡りさんな。」

「……」

「……あー、俺の言いてぇ事、分かるか?」

「っ、……わ、私の、知ってる所、じゃ、ないですか……っ。」


声が震えてる。現状を伝えるべきかと出来るだけゆっくり説明はしたが、反って不安を煽るだけだったか


「だけどな、お前もう1ヶ月はここに居んだわ。こっちに知り合いも居るし、お前を慕ってるヤツも結構居る。仕事先もある。」

「……ずっと、ここに?……私、戻れないんですか?」

「戻ろうとしてねぇんだよ、お前が。」

「……え? どうゆう事ですか?」

「ここに居たいっつってたぞ。」

「私が?」

「そう、お前が。」

「……貴方は、誰です? 職場の人?」

「んー、まぁ、それもあるけど、一応近しい人間。」

「そうなんですか、私の住んでる所とか知ってるんですよね?」

「あー、………ウチ。」

「え? どこ?」

「だから俺ん家。」

「え!? あっ、近しい人間って、恋人って意味なんですか?」

「いやー、何つーか、落としてる最中、みたいな?」

「……え、私を?」

「うん、」

「私を!? え、でも、おかしくないですか、一緒に住んでるのに?」

「二人では無ェよ? もう1人子供居るし。」

「お子さんいらっしゃるんですか?」

「いや俺んじゃねぇよ。従業員が1人同居してんの。」

「従業員?」

「万事屋やってんの、何でも屋みたいな感じな。因みにお前も従業員でもあるから。」

「あっ、そうなんですか?お仕事ってそれなんですね。」

「お前は甘味処でも働いてるな、後スナックでもバイトしてる。ウチ収入安定しねぇし金無ェから」

「私が稼いでるんですか?」

「……」


そうゆう事になるな今の説明だと。まぁ実際近いけどよ。


「名前さん、手続き終わったので帰って貰って大丈夫てすよ。」

「ありがとうございます、私お金持ち合わせてなくて、」

「そちらの方が払って頂いてるので、このまま帰宅して大丈夫ですよ。」

「え、」


そう言葉を残して早急にナースは立ち去って行った


「スナックの女将に持たされたんだよ。」

「女将さん?」

「大屋で、お前も仲良いよ。」

「私、お金持ってるんですかね?後で返しに行かないと。」

「気にすんな。それより元気な姿見せた方が喜ぶ。」

「……今のままじゃ、私分からないですもんね。」

「んな顔すんなって、取り敢えず行くか、つってもウチなんだけど大丈夫か? 」

「従業員さんいらっしゃるんですよね?」

「今日泊まりに行ってるから居ねぇわ。」

「……」

「んー、じゃあ散歩しながら少し話すか。無理そうなら俺家出るし。」

「えっ、いや、私どっかホテルとか、」

「家には居て。鍵かけて良いし、何なら俺の事縛っても良いし。」

「そこまでしなくても……」

「それは散歩しながら考えようぜ、行くぞ。」


・・・


宛もなくゆっくり歩く事1時間、休憩がてら川沿いの石段に並んで腰を下ろした。だいぶ緊張も解れて来たらしく案外楽しく会話出来ている。


「そこまでして私にこだわる意味あるんですか?」

「あるに決まってんだろ」

「えー、私性格良くないの知らないんですかね?」

「知らねぇな。」

「うわ、私猫被ってるんです?」

「猫ー? 猫も被ってたけど、兎じゃね?」

「なにが?」


自分の事なのに、まるで他人の事のように話すこいつに、現状の関係性を伝えておいた。
最初眉間に皺を寄せながら聞いていたが今じゃ笑いながら疑問を口にする。


「なのに一緒に住んでるとか随分甘ったれた生活してるんですね私。」

「俺が良いっつったんだよ。別に甘ったれた生活なんぞしてねぇ」

「良いと言われたからって、そのまま住むのは甘え過ぎですよ。」

「言っとくけどな、すげェ大変だったんだぞ説得すんの、結局実力行使に出たし。にも関わらず今でもグダグダ抜かしてんだ、寧ろ甘え大歓迎だわ。」

「そんなに?てか実力行使って何ですか?」

「お前、痛てェの嫌いなんだろ?」

「え、そんなの好きな人居ます? と言うか、……何したんですか。」

「ちょこーと噛んだだけ。」

「噛んだ? 何を噛むんです?」

「鎖骨だったか? あん時は。うなじはギリギリ回避してたわ。」

「……え、待って、私を噛むの? 私噛まれたの?」

「血ィ出るほどな。」

「こわっ! こわい! しかもあん時はって、どんだけ噛んでんの!? 」

「お前が言う事聞かねぇからだろ。」

「いやいやおかしいですって! 痛み与えて言う事聞かせるとか最早暴力の類いじゃないですか!」

「ちげぇって、ちゃんと手当てしてるし。」

「……えっDV?」

「ちげェっての!お前だって結構反撃してきてるからな!? 」

「えぇー、いまいち分からない関係性ですね。」

「まぁ、それはそうかもな。普通に触るし。」

「触る?」

「お前嫌がんねぇから、割りと触ってんな。外歩くときは手ェ繋ぐし、寝る時は一緒の布団だし、ハグもする。後、舐めるし。」

「最後のおかしくないです? 只の変態。前半もですけど、どんだけ仲良しさん?」

「んー、でも、俺にだけじゃねんだよなァ。他の野郎にもすんだよお前。」

「え? 今のを?」

「舐めはしねぇだろうけど、当たり前みてぇに手ェ繋ぐし、しかも指絡ませて。抱き付かれてるし、頬やらでこやらにちゅーされてるし、首筋に顔埋められても抵抗しねぇし。」

「ん? それは私の話ですか?」

「さっきからお前の話しかしてねぇよ。」

「だって、……え? 私そんな事を今だかつてした事が無いんですけど。」

「知ってるよ。」


途中から只の愚痴じゃねぇかとも思う説明の仕方だった。こいつもこいつで記憶アリの自分を客観的に見て話してくるからこっちまで釣られて話ちまってる。

そして隣に座る俺の目を探るようにじっと見つめてきた。


「なに、疑ってんの?」

「疑いと言うか、信じられない事ばっかりで、さっきから全部が半信半疑です。でもここに来て疑いの方が大きくなって来ました。」

「相変わらず素直な。んじゃ試す? はい。」

「え?なんですか?」

「手ェ繋いで。」

「っえ、繋がないです。」

「例え記憶無くても身体はお前んだろ。触っても多分違和感無ェよ。」


そうであって欲しいと俺がそう思っただけだ。
記憶が消えた訳じゃない、ただ少し眠っているだけ。あんだけ触ってんだ、記憶無くたって受け入れて欲しいと願いながら手の平を上に向けて差し出した。


「えー、本当に繋ぐんですか? 」

「試しにな。ほら乗せてみろって。」

「……じゃぁ、はい。」

おずおずと乗せてきた手をゆっくり握って顔を確認する。特に変化はねぇな。

「どうよ」

「びっくりする程何とも思わないです。」

「照れも無ぇのな、知ってっけどよ。」


記憶無くても照れない鋼の心臓健在か。


「ふーん。私は私が分からない、私か知っている私と貴方が知っている私は違い過ぎる。こんなにも違うものですか? 本当に私です?」

「これが証拠だろ。」

握った手を目の高さまで上げて見せれば、それでも納得出来ないのか不満げな顔をして反らされる。


「わ、あれ凄いですね、イケメンにアプローチしてるけどガン無視されてる図ですかね?」

顔を向けてる先に俺も目線をやると、イケメンと言われたソイツはさっき話した俺以外に触ってくるヤツで、その後ろを女が引っ付いて追い掛けるように歩いている。


「あそこまでガン無視されたら心折れませんかね。凄いな、……え? なに、今の。」


ソイツはポケットから飴らしき物を取り出し川に投げ捨てた、するとさっきまで引っ付いて来ていた女はそれを追うように川に飛び込んで行ったワケだ。すげェな、流石サディスティック星の王子。


「さっき俺が言ったヤツ、あいつだぞ。」

「え? さっきって……手繋いだりハグしたり?」

「そう」

「あの変わったイケメンと?私も川に飛び込んでたんですか?」

「いや、アイツ驚く程お前に甘いよ。」

「えぇ? どんな関係ですか。 今女の子を川に飛び込ませましたよね、しかも喜んでダイブしましたよ。」

「興味無ェ奴にはとことんドSなんだろ。」

「……ドSって……、あ、こっち向いた。」

俺達の存在に気付いたらしく顔をこっちに向け手を上げた。


「オメーに手ェ上げてんだぞ、アレ」

「え!? えっ、え、」

目を泳がせながら手を上げて軽く振った所でアイツはこっちに向かって歩いて来る。


「へ? イケメンさんこっちに来るんですけど。」


その言葉通り座ってる俺らの前まで歩いて来て名前の前で止まる。


「それどうしたんで?」

「っえ、えと、じ、事故に、……」


話し掛けられて俺と最初に話した時の様に焦りが見て分かる、チラッと俺を見てくるモンだから説明に入ってやった。


「今この子記憶喪失なんだわ。さっき事故ってよ、怪我はそこまでじゃねぇけど、こっち来てからの記憶無ェみたいよ。」

「………俺の事分からねぇんで?」


そう言いながら手を伸ばし頬に触れる寸前、微かにこいつの身体は強張った。それによって伸ばされた手は止まり下ろされる。


「あっ、ご、…ごめんなさい、」

「沖田総悟でさァ、お巡りしてやす。」


言いながら名前の目の前で胡座をかいて座り自己紹介を始めた。そう言えば俺、自己紹介してねぇな。名前言ってない、どんだけ余裕無ェんだよ。


「アンタが迷子になった時に出会いやした。」

「え!? あ、それは、…ご迷惑をお掛けしまして…」

「いーえ。でも今じゃ結構仲良いんですぜ? 一緒に団子食い行ったり散歩したり。」

「そうなんですか?」

「そうなんでさァ。俺が怖ェですかィ?」

「いえ、大丈夫です。すみませんさっきビク付いちゃって。」

「気にしねぇで下せェ。でも確認しても良いんですかィ?」

「あ、はい。どうぞ」


どうぞ、と言いながら出した手を総一郎クンは軽く触れ、そのまま自分の頬に持って行き当てた。
たった数分で警戒心無く触れさせたわ。俺結構かかったのにな……。


「何でか知りやせんけど、アンタ俺の頬触る事が多いんですぜ。手でも何処でもなく頬。」

「え……、私が触ってるんですか。可愛いからかな。」

「アンタの方が可愛いですぜ。」

「わぁ、イケメンに可愛いって言われた。」


わぁ、もう笑顔見せてる、俺見たのさっきなのに。


「旦那ァ、医者は何て? 手ェ離すんじゃねぇや、触ってなせェ。」

「えっ」

「事故のショックだろうから様子見ろってよ。」

「こっち来てからの記憶だけ飛んでんですねィ」

「あれ?この人も私の事知ってるんですね?」

「沖田総悟でさァ」

「へ? さっき聞きましたけど。」

「呼びなせェ。」

「あ、すみません。沖田さん、」

「そんな呼び方じゃねぇ。いつもみたいに総くんって呼んで下せェよ」

「絶対嘘だ、私が普段そんな呼び方するわけ無い。呼んでも沖田くんだと思う。」

「何でィ、つまんねぇの。それであってやす。」

「可愛い顔して意地悪なんですね。」

「チャームポイントなんで。」

「どんなチャームポイント、あ、パトカーだ。お迎え?」

「うーわ。何で毎回アイツ来んの?マジでストーカーじゃねぇだろうな。」

「ストーカー被害に合われてるんですか?」

「お前がな。」

「私が!?」

「総悟サボんなつってんだろ。あ? お前それどうした?」

「え! あ、大丈夫です。」

「転んだ傷じゃねぇだろ。事故か?」

「……そうです。」

「病院行ったの? つか保険証あんの? 金足りたか?」

「…………ストーカーさん優しいですね」

「は?」


間抜けな顔して止まった所で、総一郎クンと声に出して笑っていると名前に不審な目で見られたからざっと説明した、不審な目から睨むような目に変わったけどな。


「本当にすみません、失礼な事を言ってしまいました。」

「良いっつの、そこの馬鹿のせいだろ。今日どうすんだ?ホテルでも取るか?」

「土方さん記憶無ェからってホテル連れ込んで何する気ですかィ。」

「はぁ? 誰も一緒に泊まるなんて言ってねぇだろ。1人無理か?」

「いえ普通に泊まれますけど、」


言いながら目線が俺に向けられた。まぁ、今のこいつからしたら俺は知らないヤツだし、家には居ろと言ったがそれも嫌だろうな。

出来れば手の届く所に居て貰いてぇけど。


「……でも、家、あるみたいなんで帰ります。ありがとうございます。」

「そうか、まぁ何かあったら言え。出来る事ならしてやる。」

「ふふ、私随分甘やかされて過ごしてるんですね。皆さんにお返し出来てるのかな。」

「記憶戻ったら分かんじゃねぇの。」

「フラフラしねぇで帰りなせェよ。」

「凄い心配されてる。沖田くんもありがとうございます。」


笑いながら手を振り見送った後、俺を見て帰りますか、と促してきた。

「……あぁ、」


何でウチを選んだ?俺しか居ねぇつったのに。こいつ何考えてんだ。



「万事屋、銀ちゃん?」

「俺の名前。坂田銀時っつーの」

「あ、そう言えば聞いてなかった。坂田さんですね。」

こいつの口から聞き慣れない呼ばれ方だ。出会って最初の時、中々敬語も呼び方も崩れねぇから半ば無理矢理崩させた。けど今回は流石に出来ねぇ。


「お邪魔しまーす。」

「お前の家でもあるんだっつの。」

「あぁ、ただいま? 誰も居ないけど。わ、広い。」

「何か思い出すか?」

「何もですね、見て回っても良いですか?」

「だからお前の家でもあるんだから、何でも好きにして良いんだって。」


その後も家中見て回っても記憶が戻る事はなく、普段やってる事をしたいと言う名前に料理を頼んだ。いつも通りの味に何処か安心感を持ちなから、夜に家を出ようとしたらこいつはそれを止めた。


「何処に行くんですか?」

「お前は気にしなくて良いから寝てろ。」

「飲みに行くとか私と一緒に居るのが嫌って理由ならご自由にって感じなんですけど、もし私に気を使ってとかならやめて下さいね。」

「……お前、何でここに来た?ホテル取って貰う事も出来ただろ。」

「自分がここに居ろって言ったんじゃないですか。」

「今俺の事覚えてねぇじゃん。知らない男の言う事信じんの? 部屋で2人きりだぞ?それもお前を狙ってる男だ。警戒心無ぇのかよ。」

「なにそれ。私に何かしたいんですか? でももし何かあっても貴方を責めたりしないので安心して下さい。正直分からないんですよ、それでも最初に手を差し出してくれたのは貴方でした。私が当たっても折れて謝ってくれた、不安を和らげる為に沢山話をしてくれた。なので私はここに来ました。私にとって貴方は優しい人なんだと感じましたので、その自分の感情を信じます。もしこれで何かあっても、悪いのは信じた私です、だからご安心を。」


記憶無ェのに、やっぱりこいつは変わんねぇな。ちゃんと自分を持っている。


「同じ部屋で寝てんだぞ?」

「どうぞ?」


口元に笑みを浮かべながら挑発的に言ってきた。

まぁこの強気な感じも変わんねぇのな。


布団の場所を教えればせっせと隣で布団を敷いているいつもの光景だ。


「一緒に寝る?」

これもいつものセリフ

「寝ませんよ。私は貴方の知ってる私じゃないんですからね。……あれ、そう言えば寝るってどうゆう意味です? 私普通に添い寝かと思ってましたけど違う方?」

「違くねぇよ添い寝の方、手は出してねぇから。」

「舐めるのは出した事にならないんですか?」


……え?なるの? 舐めるのもアウトなの?こいつが言うならアウトか。ってことは記憶アリのこいつもそう思ってるって事?マジか?


「……セーフだろ」

「へぇ。っよし。じゃあ、おやすみなさい。」


丁寧に敷いた布団で眠ろうとしている傍に寄り、上を捲って覆い被さった。


「はい? なんですか? 」

「男と同じ部屋に居んだぞ。何も無ェと本気で思ってんのか?」

「またそれですか? 随分しつこいですね。そんなに何かしたいならやれば良いじゃないですか。私は嫌なので止めて欲しいですけど。」

「……お前馬鹿か?止めて欲しいっつえば止めて貰えるとでも思ってんの?」

「さぁ? 少なくとも信用ならない人と同じ部屋で寝ようとはしませんけどね。貴方に安心し過ぎだって言うならば、それはそうなのでどうぞ? 私は嫌ですけど。」

「さっきから何なんだよその嫌アピール。」

「別に? 」


押し倒されても全く物ともしない、いつもならまだしも記憶無くてもかよ。別に何かしてぇワケじゃねぇよ。記憶有り無しで心境変わんのかなって思ったけど、何でこんな余裕なんだよ。

ため息を吐きながら横に並ぶように転がった。


「どうしたんですか?止めたんです?」

「出来るワケねぇだろ馬鹿か。」

「馬鹿じゃないですもん。出来ないの分かってて言いましたから。」

「は?」

「貴方、相当私に甘いですよね。 私が嫌だとハッキリ言えば何もしてこない、だから嫌だと言い続ければ結局はやめる。」


……確かに。嫌だとハッキリ言われれば俺はやめる。嫌がる事をしてぇワケじゃねぇから。

根本的には記憶が有ろうが無かろうが変わんねぇけど、若干こっちの方な気ィ強ェな。……あぁ、そうか、俺への気持ちが違げぇのか。


横に転がった俺に対してこいつは身体を起き上がらせてる。無言で横になるよう布団を叩けば一瞬目を細め何かを考えた後、横に来た。

「何で頭避けんだよ」

「え? 腕枕するんですか?」


わざわざ腕を避けてその下に頭を置いて来たこいつを指摘すれば渋々上ってくる


「腕枕初なんですけど……。普通に恥ずかしい。」

「そこに照れは無んだろ」

「え? いや恥ずかしいですって。」

「ドキドキしてんの?心臓潰されそうになるワケ?」

「随分乙女チックですね。今の私じゃそんなの無いですけど、どうします? このまま記憶戻らなかったら。」

「どうもしねぇよ、お前元々俺の事見て無ぇもん。今まで通り変わんねぇよ。」

「でも違いますよ。こんな事を日常的にしていたのなら、恋愛思考は無かったとしても特別な感情はあった筈。だけど今の私には無い。貴方の事何とも思わない、優しいなとは思うけどそれは私にじゃないですよね?」

「さぁなァ。今のお前が俺に何の感情も無ェ事は知ってるよ、俺はそもそも優しか無ェからな、お前に優しんだか優しくないんだか知らねぇよ。」

「今は優しいですよ、前の私がちらつくんじゃないですか? でもこのまま記憶戻らなかったらその内無くなる。」

「なんで」

「だって、聞いてると前の私随分良い子に思われてる。嫌われたく無かったのか頑張ってたみたいで、今の私は別にどう思われても構わないし。」

「これが素だってか?」

「そうですね。」

「なら変わんねぇじゃん。」

「え?」

「変わんねぇよ、少し気ィ強ェなって思うけど最初はそうだった。もう1回最初からやるさ、今度はもうちょい優しくするわ。無理矢理暗闇連れてったりしねぇで。」

「っえ、…………なに、閉じ込めた?」

「いやそこまでしてねぇからって、っえ!? 何で泣きそうになってんの!? 」

「だって、……なんで、そんな、」

「待て待て落ち着け? 手ェ離したりもしてねぇから!あっ、泣くなよ? 泣くな?ごめんな、だから泣くなよ!? な!?」

目が潤んでる、眉も下がってさっきまでの強気は消し飛んでしまった。

「そんな怖ェのか、いや知ってるけどよ、怖ェよな。やり過ぎたって思ってるし、ごめんね?」

「……そんな、焦ってくれるんですね。私が、何かしたのかな。良いですもう、それでも貴方の隣に居るって事は怖いだけじゃ無かったのかもですし。」

「あー、まぁ、」

「もう寝ましょ、起きたら元に戻ってたら良いですね。貴方の想う私に。」

「お前ずっと他人みてぇに言ってっけど、俺にとっちゃ一緒だかんな? 」

「……そうですか。」


信じてねぇな。

腕枕でもいつもより遠い距離。そっと後頭部に空いてる手を当てれば目線が上がり俺に向けられた。


「そんな優しく撫でる程、私を?」

「何があっても手離したく無いってぐれェな。」

「……近付いても?」

「是非」


空いていた隙間がこいつによって埋められ顔が近付く、ゆっくり寄せてみても大した嫌がる風でも無いのでそのまま額に唇を当てた。


「甘っ。これでも恋人じゃないんですか?」

「ホントな、落ちてくんねぇんだもん。」

「ただの敬愛ですか。」

「敬いなんざ要らねぇのに。」

「ふふ、手こずりますね。」

「俺は諦めねぇけどな。」

「応援します」

「マジで? 俺イケそう?」

「多分無理だと思います、ここまでしてくれてるのに受け入れ無いなら、私にはこれ以上踏み込まない理由があるんでしょうから。」

「あー、」

「寝ましょ? おやすみなさい。」

「…………なぁ、名前、呼んで。」

「え?あっすみません、貴方とか言ってましたね。おやすみなさい坂田さん。」

「いやちげぇ、そんな他人行儀なワケねぇだろ。」

「あぁ、そっか。銀ちゃん?」

「っおぉ、それでも良いけど、何だお前の口からそれ聞くと破壊力あんな。」

「はい? 」

「でも銀さんでお願いします。」

「銀さんですか、分かりました。じゃおやすみなさい銀さん。」

「敬語もやめて。」

「寝れねーんですけど。」

「わりーわりー、おやすみ銀さん、はいどうぞ。」

「はぁ、おやすみ銀さん。」

「ため息。」

「ふふっ、」


笑う振動が触れる身体から伝わってくる。後頭部に指を差し込むように撫でれば、これも変わらず一瞬で眠りについた。

今まで通りとは言ったけど、やっぱり戻って貰いたい。そう願いながら身体を寄せ目を瞑った。





「銀さん銀さん。」


下から身体を揺らされ聞こえる弾むような声に思わず抱き締めた。たが一瞬で脳が覚醒し離す、そうだこいつ今記憶ねんだ。


「あー、わり寝ぼけたわ。」

「ふふっ、おはよう銀さん。」

「はよ、」

すげェ笑ってる。機嫌良い? 良い夢でも見れたんか。

「ガキ共午前中には帰ってくっから、仲良くやってくれよ」

身体を起こし立ち上がろうとしたら正面から胸に抱き付いて来る身体。


「っは!? え、どうした?」

「銀さんってば!」


は?……え? 戻ってんの?


「……え、記憶は、」

「戻ってる! 何かね、夢を見てたような感覚だけど頭少し痛いし夢じゃないって事だよね? 」


喋り方も俺を見る目もいつもの名前だ。
戻った?

ゆっくり頬に触れるとふんわり笑顔が返って来た。

耐えられず力一杯抱き締める。苦しそうな声が聞こえたけど、我慢しろ。


「ごめんね、」

「別に謝る事ねーよ。」

「私冷たかったでしょ」

「俺の事他人だと思ってるし、しょうが無ェだろ。それでもこの家に帰ってくれただけ有り難いよ。」

「……ありがとう。傍に居てくれて、ありがとうっ!」


俺に向けられるこの笑顔。そんなん見せてくれんなら何だってするし、何でもしてやるよ。とは口に出しては言わねぇけどその分、力強く抱き締めた。



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