トリップ 番外編A | ナノ
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▼ 違う態度は特別感故に



特に用も無く街をぶらついてたら、ふと目に止まった女の横顔。そこまで見てた訳でも無い、今から通り過ぎる店の前に突っ立ってたから視界に入り一瞬目に止まっただけ。

すれ違う他人の如くただの通行人として通り過ぎる筈だった、だけど残り数メートルで交差する前に女は俺を見て微笑んだ。

俺の後ろに居るヤツにでも笑ってんだろうと、特に気にも止めず目線を逸らし歩き続けると、あっちから歩いて来て俺の目の前で止まった。進行方向を遮られ俺の足も余儀無く止まる。


「……何か用っすか?」


退く気配が無いその女に質問すれば、驚いたような顔をして首を傾げた。

そして何を思ったのか女は俺に手を伸ばし頬に触れようとして来る。

何だこいつ、媚びても売る気か。

触れる前に軽く弾けばまた驚いた顔をする。


「触んな。わりーけどアンタに興味無ェわ。」


何も言わないそいつの横を通り過ぎ数歩歩いた所で、少し冷静になった。普段ここまで初対面の人間に当たらない。どうも見た瞬間から目に入ってそれが苛ついて、しかも向こうから近付いて来るもんだから突き放した。だけど通り過ぎる直前に驚いた顔をした後、酷く傷付いた顔が一瞬視界に入った。
目覚めが悪いので振り返ると、黙って立ったままこっちを見ているその女は、泣きそうな、寂しそうな顔。

面倒くせェ。だからと言って俺のせいなら、このまま放って置いて連れてかれでもしたら更に目覚め悪ィし。でもあれは作戦か?そもそもあっちから近付いて来て触ろうとしたよな?俺金持ってそうに見えんのか?


「旦那ァ、何してるんで?」

「あ? おー、良い所にお巡り来た。なァ、アイツ声掛けてどっか連れてってくんね?」

「アイツ?……、あれは俺の連れですけど、何かありやした?」

「は?お前の?」


俺の質問には答えず未だ突っ立ってる女の元へ歩いて行き、俺に聞こえねぇくらい小声で話した後、手を繋いでこっちに戻ってきた。

信じられねぇ、手ェ繋いでやがる。あいつにだけやってるモンだとばかり思ってた。女に執着しなさそうなヤツがあいつにだけ執着し大事にしてんなら、あいつもそれを受け入れるのならと俺は見逃して来たが、こいつ、誰にでもすんのか?


「旦那何かしやした? 泣きそうな顔になってやしたけど」

「……お前、誰にでもすんのか。」

「はい?」

「あいつだけ特別なのかと思ってたがよ、誰にでもああなのか? 」

「……なに勘違いしてんのか知りやせんけど、俺はこの人だけですぜ」


コイツだけ? 名前では無く、こっちが本命だってか?あんだけベタベタしてた癖して、


「そうか、まぁお前の女事情なんざどうだって良いわ。けど二度とあいつに近付くな。」

「俺はこの人が居ればそれで良いんで。」


酷く腹が立つ。ぶつけようのねぇ苛つきが理不尽に隣の女に向かい、睨み付けるように顔を見た。大きく肩が跳ね、また泣きそうな顔になる。


「あんまり苛めねぇで下せェ、こう見えて臆病な所もあるんですぜ。」

「知らねぇよ。」


胸糞悪いわ。踵を返して歩き出すと、近くの店がざわつき始め数人が逃げるように店から出てきた。


「またかよ。何なんでさァさっきから邪魔しやがって。また待っててくれやす? 旦那暇なら一緒に居てやって下せェ。」

そう言いながら女の頬を撫で、店に向かう黒服。
苛つきが収まらねぇ、名前はあいつの事を大事に思ってる。別にあいつが他の女にも同じ事をしてようが、どうも思わねぇのかもしれねぇ、けど俺は許せ無ェ。同じように触れ、扱っているのだと考えると、どうも駄目だ。


置いて行かれた女に目線を向ければまた肩が跳ねる。まぁ睨んだと思うわ、コイツが悪い訳でも無い、特別扱いをしていると勝手に思ってた俺が悪い訳でコイツに罪はない。だけど感情を抑える術もなく機嫌の悪さを隠そうともしなかった。なけなしの良心で待つ事にはしたが、こんな不機嫌なヤツと待つくれェなら1人の方が良かったかもな。

道の真ん中から端に寄り壁に背を預ければ、恐る恐る目を向けられた。顎で横に来るように促すとおずおずとゆっくり近付いて1人分開けた所に立った。


「お前何処でアイツと出逢った?」


声を掛けられると思っていなかったのか、俺が話し掛けると大袈裟に肩が跳ねこっちを向いた顔を横目で見る。かなり怯えてんな、最初笑って近付いて来て時とは比べ物にならないくらい。

しかも一度も喋らねぇ。声出せねぇのか?それとも喋りたくないって?


目を泳がせて、見るからに動揺し始めた。

そして騒ぎが起きてる店をじっと見た後、俺の方を向きまた手を伸ばして来る。無性に腹が立つ、何なんだコイツ、触れば誰でも喜ぶとでも思ってんのか。


伸びてきた手首を掴み壁に押し付ける。いっそう怯えた顔になったが、先に手ェ伸ばしたのはお前だろ。

空いてる手で顎を掴み顔を固定すると震え始めたのが伝わってきた。それを抑えるように掴んでる手に力を入れると口が少し開いて言葉を発するような素振りを見せたが、結局声を出す事は無く閉じられる。


「アンタ見てると苛つくんだよなァ。別にアンタが悪い訳じゃねぇのは分かってる。けど、その顔も、目も何もかもが気に食わねェ。何で俺の前に現れた?」

最初に見た時から思ってた苛つき。少し似てると無意識に思った自分が腹立たしく、それをコイツのせいにした。


口を固く閉じ、目に涙が溜まって来るがそれを落とさねぇようにしてる所すら癪に触る。


「そうやって泣けば、男が同情するとでも思ってんのか? 悪いけど、テメーが泣こうが俺は何とも、」

「旦那!!」


後ろから聞こえた怒鳴り声と同時に肩を強く引かれ掴んでた手が離れる


「何してるんで? 」


殺気だった目で睨み付けて来るこいつも、遂に涙が落ちたんだろう顔を背けてる女も、もうどうだって良い。全て無視して歩き出す。


名前に会いたい、店に顔出すかな。



「大丈夫ですかィ? 甘くみてやした、行きやしょう、名前さん。」




…………………は?


今アイツ何て言った?

意外な名前に振り向けば睨み付けながらこっちを見ている目と合わさる。

偶然同じ名前なのか? いやそうだ、偶然だ。じゃないと困る。あいつ今日仕事だし、……仕事っつってたか? 出掛けてくる、…って言ったな?いつもと同じ時間に出るもんだから仕事かと思ってたけど、仕事とは言ってなかった。

いや、いやいやいや、待て待て、待って、…うそ、あれ名前、だったりする?俺の知ってる方の?いや違う方とか知らねぇけど。


でも、だとしたら全て説明が付く。最初見た時あいつの顔がチラついた理由も、俺を見て笑って近付いて来て触ろうとした理由も、総一郎クンが大事そうに扱う理由も殺気だって睨んで来る理由も。あいつが俺の知ってる名前なら全て説明が付く。


「………あ、……え、と。……そちら、…名前、さんって言う、名前なの、?」

「記憶喪失ですかィ? 見た目違うくれェで見分け付かなくなるんなら、誰でも良いんじゃねぇですかね。」

「っ、…、マジか……。」


ま、待て、俺何言った?何した? ヤバい、酷い事を言った覚えしか無ェ、そしてした。手首、痣になってる。しかも、結構な台詞を言った。


「どうしやす? 今日こっち泊まりやすか?」

「…ううん、かえる。」



名前だ!!!!やっと喋った声はいつも聞き慣れた声そのもの。マジだ。これマジだ。


「にしても、ここまでされて何で我慢したんで?喋れば良かったじゃねぇですかィ」

「沖田くんとの約束だったから、」

「こんな酷ェ事されてんなら話は別でさァ。」


そうだ、一言でも声を出してくれれば気付けた。……いやどうだろう、それすら癪に触るかもしれない。


「服は今度持って来てくれれば良いんで。……本当に大丈夫ですかィ?」


その言葉に名前の目線が俺に向けられた。今度は俺が大袈裟に肩を揺らし、冷や汗まで流れてくる。


「ありがとう大丈夫、また遊びに行くね。」


手を振り終え俺の元に歩いてくるこいつを、俺はただ見ている事しか出来なくて、目の前に来ても動けなかった。


「……ごめんね。」

「っ!な、何でお前が謝んの!? お、俺が、…酷ェ事言った。……ごめんな、本当に…ごめん。」

「私の事、嫌じゃない?」

「嫌な訳ねぇだろ。本当に悪い、全然気付かなかった…。最低だな、」

「全く気付かなかったの?」

「……少し被るとは、思った、……けど、そう思った自分にも腹立って、当たった。……ごめん。」


あんな怯えてたのに俺は止めなかった。泣いてたのに、かなり酷い事を口にした。傷付けるようにわざと。


「特別感だと捉えて良いのかな。」

「……は?」

「私以外には触らせないし冷たいんだなって言う、特別感。」

「…………は、いや、何言って、」

「え?違うの?やっぱり私に言ったの?」

「っ、いやちげぇ!! お前に言ったんじゃねぇから!」

「ふふ、うん、」

「え、ちょっと待て、何で笑えんの? 俺結構酷い事言ったぞ。」

「分かってたよ、私に言ってるわけじゃない事くらい。どう聞いても私が別の所に居る言い方だったもん。ごめんね泣いちゃって。堪えようとは思ったんだけど、あそこまで冷たい目で言われた事無かったから、」

「そう、だろうな。……え、マジで大丈夫なの?俺の事怖くねェの?」

「触って?銀さんが触ってくれたら、私も触れる。声聞かなくても触ったら私だって分かるかなって思ったんだけど、他人に触られるの嫌だよね。」


……あぁ、だから俺に触ろうとしたのか。それも2回、でもどちらも俺は拒んだ。


「俺が触っても、大丈夫なのか。」

「大丈夫だって、心配し過ぎ。私に向けられた物じゃないって、ちゃんと分かってたんだから。」


でも怯えて震えさせた。

ゆっくり手を伸ばしてみるも何故か俺が震えて触れる所まで持って行けなかった。


「……そんな顔しないで。」


頬に触れた温もりに頭の中にあった怯えたこいつの顔が弾かれたように消えた。


「大丈夫、もうこわくないから。怒った銀さんがこわいのは前から知ってるよ、怒ってないならもうこわくない。」


指先が少し頬に触れる手、その上から自分の頬に押し付けるように手を重ねた。


何でこの手を拒んだんだ俺は。
どうして気付けなかった。


「ふふっ、あ、ごめん。でも銀さん、明らさまにシュンってしてて、可哀想な顔してる。」

「……何でそんな笑えんのお前」

「だって、さっきは傷付いた顔してたから嫌だったけど、シュンってしてる顔は、まぁ嫌いじゃない。可愛いから。」


可愛いと言いながら俺の頭を撫でてくるこいつは何なの?

振り払うように頭を横に振れば更に笑い出した。


「ふはっ、やだ何してるの?ワンコ?」

「ちげーわ、噛みつくぞ」

「狂犬だ……。」

「はぁ、……今日仕事じゃ無かったのな」

「うん、沖田くんと約束してたの。変装して見廻りのお供。」

「あそこまでされて何で声出さねんだよ。約束してたとしても手ェ痛かったろ。」

「声出しても気付かないんじゃ無いかとも思って。」

「……まぁ、定かでは無ェな。」

「ふふ、」

「何で機嫌良さげ?」

「だってほら。さっきまで冷たい目だったのに、今凄く優しい目してる。どっちも私だけど、私じゃないと思ってた時と私だと認識してる時ではこんなに違うの。前に銀さん言ってたよね、自分は同列なのかって。特別感ってこれなんでしょ? 確かに嬉しいかも。」


特別感、そんなの今更なんだけど今気付いたの?しかも俺の言った特別感はお前が大切にしてる物の中での話で、こんな赤の他人と比較して特別感で喜ぶ?今までの全部が特別感なんだけどな。


まぁ良いわ。取り敢えず笑ってくれて良かった。


「帰るか。」

「うん、」


手を差し出せばすんなり乗せられた手をしっかり握りしめる。もう離したくねェなァ。



「何してるアルかァァァァァァ!!」


俺の願いは虚しく一瞬で繋がれた手は離れた。


「名前以外にもベタベタすんなら2度と触るんじゃねぇヨ。」

「見損ないましたよ銀さん、大事にしてると思ってたのに。」

「…………そんな分からないものなの…?」

「?……名前アルか?」

「そうだよ神楽ちゃん。」

「えぇ!? 名前さんですか!?」

「うん、新八くん。2人もとありがとうね、そんなに大事にしてくれて。」

「当たり前アルよ! ごっさ美人アルな、普段より割り増しネ!」

「それ若干失礼だよ神楽ちゃん、しっかり褒めれてない」

「ふふ、ありがとうね。帰ろっか、銀さんついて来てねー。」



さっき特別感に喜んでたの何処行ったんだよ。そいつらの特別感も嬉しいの?俺のだけじゃねぇのな。




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