「実に翔は役者じゃのぅ」

 家に着いた途端、桐葉は急に俺の目の前に現れてそんな事を言った。
 何時の間にか俺の後を付けていたらしい。奴らの使命感みてぇなもんで、一日の俺の行動を気にせずにはいられねぇんだそうだ。仕事熱心でご苦労なこったが、俺としてはヘラヘラした仮面を被った姿を見られてたっつぅ訳で、あまり気分は良くなかった。

「……何だよ。波風立てねぇように、多少は偽らなきゃいけねぇ事も有るだろ」
「いえ、桐葉は其の格好に驚いているのだと思いますよ」

 教明に指摘されたのは、仕事用の俺のスタイル。アッシュブロンドのウィッグに、化けて粧った顔。そういや、マスターも最初の内は俺の変貌ぶりに驚いたっけか。
 全く、大袈裟なんだよな。変わったのは見た目だけだっつぅのに。幾ら体裁を取り繕うと、結局中身は俺でしかねぇんだ。

 しかし、化ける為の衣装は確かに重苦しい。睡魔に襲われて盛大な欠伸が出たので、俺は楽になる事を決めた。

「か、翔っ! おなごの前だと云うのに、破廉恥じゃぞ!」

 桐葉が両手で顔を隠していたが、俺は無視して服を脱ぎ始める。自分家で下着姿に成るのに躊躇いなんか有る筈が無ぇし、神サマの性別なんてどうでも良いし、何より俺の眠気は限界を越えていた。
 流石に其の侭じゃ寒いから、干してある洗濯物から適当な物を選んで羽織って、机に突っ伏した。……眠れて一時間って所か。

「なぁ、大した頼みじゃねぇんだけど。其処の短い針と長い針が一緒に六んトコ来た時、音が鳴るからさ。気付けねぇで寝ちまってるかもしれねぇから、起こしてくんねぇかな」
「翔……貴方は、我々への最初の願いをそんな所で使うのですね……」

 とか何とか教明がブー垂れていたが、使えるもんは使う。俺を不幸から遠ざけてくれる存在だっつぅんだから、こんぐらいの些細な願いに、文句なんか言えねぇ筈だろ?
 それでも、幾ら相手が小さい奴であろうと、誰か他人に依頼を請うのは、どうやら安心感ってやつを生むらしい。気を張った身体から力が抜けたように、俺はそれ以降、顔を上げなかった。

 長い事一人で家に居るもんだから、素でこんなに誰かと話すのは久し振りだったかも知れねぇ。今日……っつうか昨日は、なんだか長い一日だった。目覚めたら、やっぱり夢でした的なオチで、奴らの姿も見えなくなってるんだろうか。そしたら、幻想はお仕舞いだ。いつもの詰まらない現実が待っている。
 俺は、一時の休息に入り込む直前まで、そういった考えに頭ん中を支配されながら、漸く闇に落ちていった。

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