あいつら、幸せにするとか無責任な事をほざいておいて、逆に不幸をもたらしてんじゃねぇのか。しかも故意にだ。
 俺が目覚めたのは、予定よりも一時間を越えていた。万が一の時の為に早めにアラームをかけておいたが、作動したそれを、五月蝿いと言って勝手に止めやがった奴が居るらしい。そんなら俺を起こしてくれても良いだろうに、鳴り響く音の煩わしさから逃れる事の出来たそいつらは、一様に安心しきって眠りこけていた。
 幸か不幸か、あの四人は一夜限りの幻想的な存在などではなかったのだ。

 ようやく店の裏側の従業員出入口に辿り着けば、扉の前であたふたと動き回る女と目が合った。

「神さんっ! うわあぁ、神さん神さん!」

 一体何だっつぅんだ。その声量じゃ一回で充分聞き取れるってのに、そいつは体を震わせながら俺の名を連呼し、近付いてくる。

「今日はもう、来て頂けないのかと思いましたよぉ!」

 良く見れば、そいつの目の周りは紅く涙で膨れ上がっている。おいおい、仮にも勤務中に、なんつぅ顔に成ってやがんだ。
 その慌ただしさに気付いた副店長の女性が、中から扉を開けて様子を見ていた。

「白鳥(しらとり)さん。声のボリュームを抑えるように!」

 彼女から注意を受けて、白鳥と呼ばれたその女は慌てて口元を両手で隠した。

 副店長は、俺がアルバイト入社した時から居る女性だ。序でに言えば、当時の面接官だった。
 俺の姿を見るなり、いつもの笑顔だ。わざとらしく眼鏡を上げて、食い入るように凝視する。

「おそよう、だね。翔くんが遅刻って、珍しいわよねえ。しかも二日連続。疲れ溜まってんじゃない?」
「……はい、すみません」
「でもまあ、そういう自己管理も含めて鏡になれるような人間にこそ、他人は付いていくものだからね。この子のサポートは君に任せてるのよ。頼んだわよ、神先生っ」

 肩をぽんぽんと叩かれ、俺は引きつった笑いしか出せなかった。何度止めてくれと言っても、彼女はその呼び方を変えてはくれない。何でこう、女っつぅのは押し付けがましい奴が多いんだ?
 しかし、幸いにも俺の笑顔を肯定的だと受け取ったらしい彼女は、満足そうに口角を上げて、中へと戻った。

 続いて店の中へと向かう俺の背後で、未だ隠れるようにして肩を震わせる慌ただしい女、白鳥。……下の名前は忘れちまった。こいつが、昨日入ってきたばかりの新人バイト。俺が指導する対象。まったく、面倒事を押し付けられた感覚でしかない。

「……はぁ。また怒られちゃいました。ラミアさん急に現れるものだから、吃驚しちゃいますよね」

 当人なりに声量を抑えたであろう小声で、白鳥が言った。
 ラミア……ってのは、従業員数人の間でこっそりと使われる副店長のアダ名だ。何でも、巷で流行のスマホ用アプリゲームだかに登場するキャラクターに、彼女の外見がそっくりだっていう理由かららしい。副店長の下の名前も美亜(みあ)だし、一応それも掛けてるのかもしんねぇ。まぁ、俺はその手のゲームなんか触りもしねぇから、知らねぇけど。

「でも、神さんが来てくれて、ほんっとーに良かったです。私、昨日で呆れられてしまったかと心配で、心配でえぇ……」

 そいつの顔を見れば、また泣き出しそうに成っていやがる。
 ……おいおい。こいつまで五人目の自称神サマだったりなんか、しねぇよな?

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