「翔くぅん、待ってたんだよぉ」

 真っ先に飛び付いてきたのは、大魔王……もとい大五郎だ。

「悪い想像させないでよぉ。心配し過ぎて、胃が小さくなっちゃうよぉ」

 ……其れは是非、歓迎したい事で。
 まあでも、こいつに悪意は無いんだろうなと思う。常に下がり気味の太い眉毛と、半開きじゃねぇかって位の細いタレ目、食パンをジャムも何も付けずにそのまま頬張って幸せそうに膨らんでいる両頬。こいつにとっての幸福は、食そのものなんだな、きっと。

 俺もパンを口へ含んで、袋の中からそいつらの分を無作為に選んで、皿の上へ提供してやった。四人分にしては少ねぇだろうし、神サマにお供えするにしてはあまりにも貧相なもんだ。だが、悪ぃが小量で無能な俺には、此れっぽっちが限界だった。

「絶っ対、其れ以外の食料には手ぇ出すんじゃねぇぞ。ボロ部屋見て判んだろ。金が無ぇんだ。まあ、あんたらが諭吉さんでも天から降らしてくれるってんなら、別に良いけど」
「生憎、其の手の事は不得手なのですよ」

 ペンを置き珍しく口を開いたのは、教明だった。
 まあ、わざわざ言われなくとも、お前が懸命にノートに書き出してるポエムを一瞬でも覗いたんなら、そういう気が無いのは大体見当が付くんだけどな。

 カネもそうだが、時間ってのには慈悲は無い。汗水ぶっ垂らそうが、何だかんだと無駄な事をやっていようが、平等に過ぎていっちまう。そして、過ぎちまったものはやたらと短くも感じる。時計の針は、おおよそ二十二時を差していた。
 急いで俺はコートを羽織り、再度玄関に向かう。すると、桐葉が声を掛けてきた。

「何処へ行くのじゃ」
「……仕事」

 端的に答えて、靴箱の上に無造作に置かれ黒色のエナメルバッグを持って、俺は寒空の下を駆けた。
 俺みたいな生き方をしてる奴は珍しくもないとは思うが、その事実に疲弊する人間だって、珍しくはないだろう。
 この街の住人は夜になっても眠らない奴が多い。其れは僅かながらの救いだ。でなければ、俺は自分が孤独だって事に耐えられなかったかも知れねぇからだ。

 掲げられた店の名前、『Moon night』。
 看板から入口までに割と距離が有り、狭い通路の両脇に、誘われた奴を囲んじまうまでに常緑樹が植え付けられている。まるで暗闇の森とでも云う様な、鬱蒼とした佇まいだ。漸く見付けた扉の上部には、其処に迷い込んだ奴を照らす月明かりをイメージした……らしい、丸型の照明器具。果たして其れが他人を引き寄せ易いかどうかは知らねぇが、裏通りにひっそりと佇む建物の割には、外装にやたらと手が込んでいる。
 俺が其処に辿り着くのとほぼ同時、店の中から一人の女が出てきて、俺を迎えた。

[ 5/8 ]

[*前頁] [次頁#]

[目次]

[栞を挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -