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 月の光が失われてしまった夜のような闇が一面に広がる。空と大地の境界は存在せず、その色の世界に限界は無い。そもそも屋外なのか、室内なのかも判別できない空間だ。幾つもの白い光の玉が、辺りをふわふわと飛び回っている。暗闇に染まった空間に灯る明かりは、唯一それだけである。

 辺りと同じ色で造られた台座に腰掛ける人物。透き通るような銀髪と蒼白の肌は、まるで生きている人間のようには見受けられない。
 彼の視線の先には、天井から床へと、人間一人が直立で入れる位の太い管のようなものが聳える。その中心には大きな球状の何かが繋がっていて、硝子のように透明な板張りのその球体の中では、いくつかの白い光の玉が泳いでいる。

 彼がこの空間をミルティスと名付けたのは、彼自身ももう数えるのも億劫であるほどに、過去にまで遡る。元々は“無”であったこの空間が、長い間ミルティスとして維持出来たのは、オルゼの紋章が在ったからこそだ。
 100年前、保管されていたその紋章を、何者かが奪い去った。それが誰であるかは、彼には検討は付いている。まず、同族しかこの空間には入り込めない。加えて、最近音信が途絶えている者。その人物に彼は心当たりが有った。

 彼の背後で、空間に僅かな歪みが生じた。それは人が通れる大きさの穴を空け、そこから一人の女性が「失礼します」と姿を現した。

「創始者様。ターニャちゃんからご連絡です。オルゼの宿主を無事保護し、現在こちらへ向かっているとの事です」

 創始者が「そうか」とだけ返すと、女性は一礼した後に一歩退いて、歪んだ空間が再度造り出した穴から姿を消した。

「フレイロッド。今すぐ動けるか」

 その指示に、部下フレイロッドはすぐに姿を見せ、快く頷いた。


 彼が降り立ったのは、白銀の地に存在するイースダインだ。青色のルビの紋章の影響を受けるこの地には、常に積雪があるのだという。

 ターニャはまだ辿り着いていないようだ。
 本来ならば自分も彼女と共に地上へ降りたいとフレイロッドは思っていたが、創始者がそれを許さなかった。ミルティスにとって彼女は特別である。性質の異なる紋章を複数その身に宿した、稀に見る貴重な存在だ。生と同時に与えられた使命に背く事なく周囲の期待を一身に受ける彼女の姿は、とても気丈で、どこか儚い。
 ミルティスに所属する者には必要ない感情だ。創始者も、彼女もそう言うだろう。彼自身もそれを理解している。ゆえに露にはしないが、フレイロッドはターニャに特別な思いを抱いていた。

 近付く者の影を捉える。身構えたのは、迎えるべき人物の姿ではなかったからだ。

「久しくゲートが開いたかと思えば、ファンネルは未だあのような愚行を続けているという事か」

 それは見知らぬ男性。全身が黒で統一されている。
 フレイロッドは彼の言葉の真意を理解できなかった。しかし、ゲートの存在を知り、感知出来るとしたら、それは自分達と同族である事を意味している。
 そして何よりも、彼にこちらへの敵意が存在する事が明らかであった。
 フレイロッドが短く詠唱すると、集約された光が、彼の身丈程もある長杖を形成した。
 予測通りの抵抗に、まるで愉しむように男は口角を上げ、彼を迎え撃つ。フレイロッドの放った攻撃の術を、男は難なく弾き返す。それには詠唱を要しなかった。

「ガーディアンとは……本当に哀れな存在だな」

 男がそう言って右手を掲げると、周囲から黒い渦が巻き上がる。空間そのものを捩じ込むような強い力で、瞬く間にフレイロッドの身体は闇に拐われた。もはや抵抗は出来ず、男の手中で、彼はもがくしかなかった。


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