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 二国を南北の直線で繋ぐ大きな街道を進むと、街の中心には円型の広場が存在した。中央には、いわゆる国境線を意味する為に造られたもので、ベルダート側を示す位置に半円型の噴水がある。立派なもので、ある程度離れた場所から見てもその位置が判る位には、高いところまで水が噴出されている。
 この街の構造は複雑にも思えたが、あらゆる方角から放射線状に細道が繋がっていて、噴水を目印としてこの広場に辿り着けるようになっているようだ。

 その道の一つに、野次馬が出来ていた。何人もの男達がその場を取り締まっている。制服がベルダートのものではないので、恐らくフリージア側の兵士であろう。
 見れば、先程ユシライヤを捕らえていた男が、彼らに拘束されている。
 ユシライヤの姿を見て、警戒にあたっていた一人の兵士が近付いてきた。彼は、「偽の手配書を見抜けなかった」、「民衆の認識に誤解を生じさせてしまった、そして何よりも貴女に迷惑をかけた」と詫びた。
 国王を騙り、侮辱し、無実の者を犯罪者に捲し立てる、という卑劣な手段で金銭を得ようとしたとして、男には制裁が加えられるそうだ。
 もがきながら無実を訴える男は、喧騒の中、為す術もなく連れていかれた。

 たとえ自分に賞金を懸けられたのが正式ではないとはいえ、許可を得ずに王城を出たのも事実。責務を放棄したとしてユシライヤにも罰を受ける覚悟はあったので、今の状況は思いがけないものだった。哀れにも思える男の背中が視界から消えるまで、彼女はじっと見つめていた。

 ふと、彼らの真上から、冷たいものがふわり、と落ちてくる。
 雪だ。ベルダートでは見られない光景に、エルスの心は踊った。フリージアでは年中これが積もるのだと、本に書いてあったのを思い出す。ベルダートとは殆ど境界など無いのに、ここまで気候が異なるとは不思議なものだ。

「本当に、国境まで来たんだ」

 今更なのかもしれないが、エルスはそれを改めて実感する。

「はい。フリージアへ入国したら、先ずは聖都シェリルへ向かいましょう」

 ターニャが言うには、最終的な目的地ミルティスへ転移が可能な特別な場所の事を、『イースダイン』と呼ぶらしい。遥か過去に使われていた古い言語で、現在の言葉に訳すと『大地の始まり』を意味するとの事だ。
 フリージアに存在するイースダインに一番近い街が、その聖都シェリルなのだ。

「昔の人って、今とは全然違う言葉を使ってたんだな。なんで変わっちゃったんだろうな」

 エルスが疑問を抱けば、まるで待ち構えていたかのように、ターニャは立ち止まり嬉々として話し始めた。

「使用言語の変化については詳しく解っていません。ただ、実は現在でも日常的に使用されている言葉も存在するのです。例えば、日時を表す際に用いる色の呼び方は、レデ、ジオ、イー、ギラ、ルビ、リフの六種ですよね。これはまさにミルティスの創始と共に創られた言葉で、紋章が初めて区別化された事によって……」
「あ、あのさ。とりあえずその話は後にして、先に進んじゃわないか? さ、寒いし」

 自分から聞いたにも関わらず、それでもエルスはなるべく彼女を傷付けない言葉を選んだつもりだ。つい先程まで雪景色を想像して楽しみにしていた者が発したにしては、相応しくない台詞ではあるのだが。
 しかし、白く染まる吐息が、気温の低下を改めて感じさせる。ターニャは説明を遮られた事に肩を落とすも、「確かにそうですね」とエルスの意見を肯定した。

 彼らが次に目指すのは、白銀の聖都シェリル。穢れなど無いように思えるその色は、様々な足跡が刻まれてゆく為のものなのかもしれない。



_Act 3 end_

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