28
自然のものも、人工のものも、いたるものが雪の屋根を被るフリージアの大地。
フリージアには聖都と名付けられた大きな街が二つ存在する。ここ南の聖都シェリルと、北の聖都アスカームだ。それぞれ信仰する神が異なり、元々は独立した別の国家だった。シェリルは黒色の神、アスカームは白色の神を奉ると言い、その相反する色彩は、未だ両者間に存在する確執を表すかのようだ。
街の中央に位置する厳かな教会は、聖堂らしからぬ黒色で統一されていて、白銀の景色の中で一際異彩を放っている。黒装束の法衣を纏った信教者に関しても、見慣れないうちは恐ろしくすら見えるだろう。
とは言え、シェリルは物騒な街ではない。とても静かだ。王都ベルダートは終日人通りの激しい賑やかな街だが、こちらは寒さのせいなのか、夜にもなると外を出歩く者の姿はほとんど見えなかった。
寒さから逃れて駆け込むようにして、一行は今宵も宿をとる事が出来た。
「まったく。歳を重ねても、いつまでも子どもみたいなんですから」
はしゃいで雪に触れすぎた手を暖炉の前で暖めながら、エルスは従者の呆れた声を聞いていた。
その夜は、エルスが生を受けてちょうど18年を迎える日だった。齢18は、ベルダートでは成人と見なされる歳だ。
エルスは何も要らないと遠慮したが、祝いに何かを贈りたいとエニシスが言い出したので、何か物を貰うよりも、一緒の時間を過ごせれば良いのだと、つい先程まで男子二人で雪遊びをしていた。
エニシスと二人で作った雪像は、霜に焼けた手の痛みに讃えた勲章のようだった。あまりにも綺麗な形に出来たので、つい部屋まで持ってきてしまった位だが、溶けて面影は無くなってしまっていた。それにはエニシスのほうが悲しんでいて、「また作れば良いんだよ」と、エルスに慰められる程だった。
「ユシャは何もくれないのか?」
「今更何をあげれば喜ぶんですか」
従者には期待を裏切られる視線を向けられて、エルスは口を尖らせる。しかし彼とて元々そんなに期待をしていた訳ではない。そういうやり取りを楽しんでいるだけだ。
「誕生とは、祝うものなのですね」
と、シェリルに辿り着いてからというもの思い詰めた様子でいたターニャが、そこでようやく言葉を発した。
「王城では毎年、エルス様を囲んで食事会が開かれるんですけどね」
ユシライヤがそんな事を言うので、
「あ、僕は別に、いつものお肉が食べられなくて嫌だとか思ってないから! ターニャのせいじゃないからな!」
と、エルスが慌てて弁明した。
当のターニャの応えは、頷いたのか、俯いているのか判らない。心ここにあらずといった風で、その眼はエルスらの姿を映してはいなかった。
「……すみません。私、先に休ませて下さい」
声を掛ける間も無く、ターニャは隣の部屋に移るべく、出ていってしまった。
何事も説明をした後に行動に移すという印象の彼女が、そういう態度をとったのがエルスらには気掛かりだった。
エルスは彼女が言った事を思い出す。天上人は、生まれてすぐに独立するのだと。ならば無論、彼女の誕生を祝う者など居なかっただろうし、そもそも自身が生まれた日を知らないのかもしれない。
同じ場所、同じ時間に生きているのに、それはとても寂しい事じゃないか、とエルスは思った。
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