secondo

 アルトゥーロは二十半ばの青年である。独り身で、そもそも他の人間との付き合いが苦手な部類だった。だからこうして、人里離れた海岸沿いにアトリエを構えて、生計を立てている。暮らしぶりを他人にどうこう言われるのは好まない。創作に没頭出来れば、それで満足した。まるで感性のほうが手に追い付かないというように、数多くを次々と創り出していく男だった。

 彼には唯一、長きに渡って未完成の作品があった。女型の人魚シレーネをかたどった石像。彼女の歌声を聴いた者は、誰もが逃れを知らず、波にのまれて死を迎える――という、言い伝えを題材にしたものだ。
 彼女のどこが未完成かと言えば、瞳である。彼女の歌声が数多の人間を魅了するのは、彼女に見えている世界が、きっと人間とは異なっていたからだろうと思った。だから、人間には存在しないような、正に不可能とも言える色で、彼女の瞳を表現したかった。

 ある日彼は、海岸に転がり落ちていた美しい色の石を拾った。とても不思議な色をしていた。すっかり魅了されたアルトゥーロは、あの人魚の眼窩にこの石を嵌め込もう、と決めたのだ。
 やはり、その決断は確かだった。幻想的な瞳の色が、非人間である彼女の魅力を助長した。アルトゥーロはその人魚の像をいたく気に入った。

 像を仕上げてから、数日が経った頃だ。描きかけの作品が散らばる上、眠りに就こうとすると、シレーネの像を保管してある隣の部屋から、何やら物音が聞こえるのだ。何かを漁るような音。
 此処で生活を決めてからは他人の姿など久しく見ていないが、知らぬ間に盗人でも忍び込んでいたのか、恐れながら、アルトゥーロはそちらへ近付き、扉を開けた。

 彼は驚くものを目にした。無造作に積み上げられた古い画材を掻き分けて、こちらへと進んでくる姿。自らが造り上げた石像が、世界と同じように彩られて、それはまるで人間のように、動き出しているのだ。

「シレーネ。僕のシレーネが生きている」

 創造主に名前を呼ばれて、シレーネは微笑み、彼に抱き付いた。彼女は、捜し物を探し当てたのだった。


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