terzo

 シレーネは、よく笑い、よく歌い、アルトゥーロを喜ばせた。それは、結果として彼の作品に彩りを与えたので、邸に是非その芸術を飾りたい、と望む者も多く出るようになった。日夜作品作りに没頭した、アルトゥーロという田舎暮らしの芸術家の名前は、こうして世に知れ渡ったのだ。

 何一つ不自由の無い、幸せな生活だった。そんな彼に最初の違和感が訪れたのは、それから十数年の歳月が流れた頃だ。
 目覚めると、光がやけに眩しい。深夜に仕事をするのを好むアルトゥーロは、朝方に眠りに就き、起き上がるのは太陽が空の真上にあるような時間帯だった。それでも僅かな嫌悪感を覚えるに過ぎなかったが、その日は瞼を開けていられない程に眩しく感じたのだ。
 それからは、自らの眼に何か異常があるとしか思えなかった。灯りが足りないのだと言い照明を増やしたのも、何かによく脚を掛けて躓くようになったのも、ある時は床に散らばった絵の具をかき集めるのに手間取ったのも、眼病のせいだと思い始めた。
 視力が低下していけば、アルトゥーロは次第に創作の手を休めるようになった。視界が闇に染まる時が、いずれ訪れるであろう。その恐怖からか、日々彼は気力を失っていった。

 かつてアルトゥーロが作品を作り続けていたように、シレーネも毎日歌い続けていた。しかし、愛するシレーネの歌をも耳障りだと思う程に、彼の精神は窶れていた。
 彼女は、以前のように自分の歌声で喜ぶ素振りを見せなくなったアルトゥーロに、こんなことを言った。

「まだ私の姿が視えるのでしょう、アルトゥーロ。きっと貴方は最初からその眼では私を見ていなかった。貴方に心があったからこそ、この眼を美しいと思えたのだし、私の歌を好きだと言ってくれたのだわ」

 それに対する応えにどんな言葉を使ったか、最早アルトゥーロは覚えていない。
 シレーネが声を失ったのは、アルトゥーロが彼女に心無い言葉を掛けてしまった、その日からだった。


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