primo

 彼女の歌を聴いた人間は皆、まるで天使のようだ、と口を揃える。単に美しいという意味もある。しかし中にはこう言う者も存在した。天使ではない。人魚の歌声は、死の世界へ誘う為のものだ、と。

 少女は今日、この船に呼ばれた。もて余す人間の余興の船だ。豪華絢爛な食事の最中に、彼女の歌を披露する事になっている。
 少女は親の愛を存分に受けて育った。ゆえに、愛とは反するものを知らない。船に乗る人間のすべてが、少女を愛してくれているのだと、純粋に思い込んでいたのである。確かに、この船に乗る多くの人間が彼女の歌を愛している。だが、その人間に悪意を持つ人間も、また多く乗っていた。かれらは、少女の噂を耳にしたので、彼女を呼んだのならば、嫉妬、憎悪、私怨の相手の多くが、この船に集まってくるだろうと考えたのだ。
 その予測は当たっていた。連中は天使の歌声に聴き惚れている。背後に悪意が潜むのにも気付かない。そもそも、嫉妬や憎悪や私怨などというものは、与えたほうの人間は、それに気付かないものである。だから、一人が牙を向けば、あまりにも呆気なく、彼等の目的が果たされていく。
 何の罪も無い。加えて、誰にもそういった感情を抱かなかった少女も、悪意の渦に巻き込まれてしまった。船は沈んだ。

 何故沈んだのだろう。海の中を漂いながらも、彼女は人を恨む事はしなかった。
 楽しい時には楽しい歌を、嬉しい時には嬉しい歌を歌ってきた。だとしたら、今はどんな歌を歌おうか。海の中にいるのなら、そこにしか無い歌を歌うべきだと思った。色鮮やかな魚の群れに囲まれて、珊瑚のレットの上で眠る、そんな不思議な魂の律動を。
 少女は、海を漂ううちに石となっていた。悪意に染まらない、とても綺麗な色をしていた。

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