08
彼はすぐに見つかった。
なにせ彼は別に迷子になどなってはいなかったから。
さすが、冷静沈着の渚カヲルだ……と少し思った。
無表情でこう返されてしまった。
「早とちりもいいところだね。」
「それは君のお兄さんにいってね。今向かっているらしいから。」
渚くんは公園の砂場で遊んでいた。
ただそれだけだった。
それを迷子だと勘違いし、騒ぎ立てた冷静沈着じゃない少年には後でキツくいっておかなければ。
ていうかそもそも遊びに行っているという考えはなかったのだろうか。
心配性すぎるぞ、お兄ちゃん!
渚くんの傍にいき、渚くんの方を向くように隣にしゃがむと
彼は私に目線をやったがすぐにお城(……だと思うけれど、なんか凄い形状のもの)に視線を戻した。
「誰かと一緒に遊んでたの?」
「一人でだよ。僕に友達はいない。シンジくんもあっちがとっているしね。」
「そっか……、じゃあお姉さんがお友達になってあげよう!それでどうだ!」
「……神であり、母であり、友達であるってことかい?」
「うーん、なんかごちゃごちゃしてるから友達だけでいいけれど……。」
すると渚くんは両手を私の膝に置き、頭を私の胸に押し当ててきた。
ご、ごめんね。女子だったらきっとそこは多少柔らかかったのに……。
変な事を脳内で謝っていると渚くんがぼそぼそと何かを言っている。
「ん?」と聞き返すと顔はそのままで声のボリュームだけ大きくなった。
「君の存在は僕にとってどれだけ大きくなるんだろう。」
「へ?……言ってることがよくわからないんだけれど……。」
「簡単な言葉にすると好きってことだよ。好き、好き。」
10歳の子が私の胸の中で好きという言葉を連呼している。
この光景は傍から見るとどれだけシュールなのだろう。
でも、好かれるということに嬉しくないわけがない。
それに、こんな風に押し付けているのは顔を見られたくないから。だろうな、多分。
照れているんだ、その言葉をいうことに対して。
「もう、可愛い可愛い!」
「わっ、なにすんのさ!」
「カヲル!」
目の前にあるふわふわと揺れる髪を遠慮なくなでていたら公園の入口から胸の中にいる子どもの名前が聞こえた。
ようやく到着したカヲルだった。カヲルがカヲルって呼ぶのなんだか変じゃない……?
「なんて羨ましいことをしているんだい?!」
「怒るところそこじゃねえ!」
「じゃあ兄もやればいいンじゃない?」
「いいのかい?」
「許可を求めるんじゃありません!」
携帯を片手に汗を垂らし息を荒げながら男の胸元に頭を埋める許可を取る男が入ってきたこの光景は更にシュールになっていることだろう。
しかも全員美少年とか。私が傍から見ていたら興奮する。
「でも遊んでいたならば僕に書置きでもしてくれたら良かったのに。」
「わかった。次回からそうするよ。今日はもう帰んの?」
「そのつもりだよ。まだ遊ぶのかい?」
「いや、友達の家に泊まるよ。」
そういって渚くんの小さな手が私の制服を掴んできた。
ん?今日もお泊りなのか?
話が飲み込めないようで少し驚いた顔をしたカヲルが私と渚くんを交互にみると
納得したようにひとつ頷いた。……なんだか嫌な予感がするぞ。
「構わないよ。じゃあ僕も友人の家に行こうかな。」
「……ちなみにその友人とはシンジくんかな?」
「カヲルはカヲルであり、僕でもある。一心同体さ。だからカヲルが君の友人ならば、僕も君の友人だろう?いいかな、僕もおじゃまして。」
綺麗な顔で笑みを浮かべる。
違う、顔ではスゲーいい笑顔を浮かべてるんだけれど、言ってることはジャイアンとおんなじこと言ってる。
『お前のものは俺のもの』、そんなことを間接的に言っている。
純粋な渚くんはそれに気づかず、「確かに……」と頷いていた。
君はそのままで育っておくれ。お母さんからのお願いだよ。
「しょうがない……そのかわり、晩御飯は作ってね。」
「ラジャー、腕によりをかけてつくるよ。」
「ハンバーグがいい。」
「はいはい、とりあえずは手を洗っておいで。」
……今夜も騒がしくなりそうだな、と私は空を見上げた。