28
――身体が動かない。
うっすらと目を開ける。
目を開けても視界もはっきりせず、ぼんやりと何かが見える。
これは……天井?
白い、あたりは白い。
目線だけで横をみると眠いのか頭らしきものをカクンカクンと揺らしながら座っている人が。
(お母さん。)
ぼんやりとしているのに、それがお母さんだとわかった。
声が出ない。ああ、これは夢なんだ。
そう思うと同時に意識が浮上する感覚に陥る。
「母。」
「おはよ、渚くん。」
家だ。私の家だ。そっか、夢ならもっとゆっくり堪能すれば良かった。
もう二度と会えない家族だったのに。ぼんやりしてたのは思い出せなかったからなのかな……。
……というか、
「渚くんはどうして私の上に乗っているのかな?」
「うなされてたから。」
身体が動かなかったのはこのせいか……、小さくため息をついたら馬乗りになっていた渚くんの両手が私の頬を包む。
「……?」
「母が呼んでた。お母さんって。母の『お母さん』?」
「……ああ、うん。」
「僕にとって母が『お母さん』だからどんな感じかわからないけれど、呼んでいる時、とても辛そうだった。」
「そっか。でも多分それは渚くんが上に乗ってるから重くてじゃないかな。」
「あは、そうかも!」
楽しそうに笑うと体重がないかのようにひらりと降り、そのままどこかへと行ってしまった。
と思いきやまた戻ってきて顔を出す。
「そういえば母を起こしに来たんだった。兄がお出かけしないかってさ。」
「へえ、どこ行くの?」
「さあ?とりあえずご飯用意してあるから来たら?」
「うん、了解。」
無意識にあくびが出て頭をかく。そういえば結局お泊り会の後にアスカがカヲルに告白したという話は持ち上がってこないなあ。
ずるいけれど、なんだかホッとしている自分がいた。
「あっつー……。」
「以前の第三新東京市ならこの季節がずっと続いていたんだよ。おはよ、名前。」
「それ地獄だよねー。女の子なら制汗剤を手放せないわぁ。」
「君の口から出るとなんだかやけにリアルだね……。」
「そりゃちょっと前まで女子をやっていましたからね。」
サラダを取ろうと刺さっているフォークに手を伸ばすと「そのきゅうり、僕が切ったんだよ」と言われたのできゅうりを多めに取る。
うん、んまい。
女子と言えば……
「ちょっと女子に戻ってみたいなぁ。女子同士でワイワイやったりちやほやされたい。」
「……、いや、今もそんな状態じゃないかい?」
言われてみればそうだった。
いや、違うんだよ、おしゃれしたりとかそういうの……!
今は男の身体だから無理だから言うだけ。このあと出かけに行くというし、
ご飯を食べて支度をしなきゃ。
その後、カヲルと渚くんで街へと足を運んだ。
渚くんは街につくなり私の手を握る。こういうふとしたのが可愛いんだ、この子!
「ところで行くところは決めてるの?」
「まあ、そこのデパートに。」
「でもカヲルが買い物なんて珍しいね。」
「ふふ、僕だって買い物くらいするよ。さ、どうぞ。」
「え?あ、うん。」
自動ドアが隣にあるもかかわらず、何故かカヲルは手動のドアをあけて待っていてくれている。
はいるなり、渚くんが手を離す。温かいぬくもりがなくなったことに残念だと思っていたら渚くんはカヲルの方へと行く。
「じゃあ、母。僕たち少しだけ二人で買い物してくる。」
「へ?!」
「すぐに戻るよ。ナンパとかされないようにね。男性女性問わず、ね。」
そういい終わると背中を向けて二人は去っていった。
……えっと、これ私要ったのか?まあ、でも二人で買いたいものとかあるよな。
私はキョロキョロと見回す。近くに本屋があったので立ち読みでもしようかと面白そうな表紙を探していたら女性とぶつかりそうになってしまった。
「あ、ごめんなさい。」
「す、すみません!!」
彼女は私とぶつかりそうになったことがまるでこの世の終わりかのように顔を真っ青にしながら謝ってきた。
ぶつかりそうになった女性が持っていたであろう本を拾い上げ彼女に渡すとペコペコと謝りながら去っていった。
……あの人、なんだか私と同じ感じがするぞ……?
「お。」
ズボンが震えた。いや、正確に言うのならズボンに入れていた携帯が震えた。
カヲルからだった。時間にして約10分も経ってはいない。
今どこにいるかと聞かれたので本屋と答えるとその本屋の前の喫茶店で落ち合うこととなった。
「喫茶店でたまには甘いものでも食べようか?」
「んー、じゃあパンケーキかな。」
「了解。」
落ち合ったあとに中に入り、席についてすぐにパンケーキセットを頼むため店員さんを呼ぶ。
しばらくすると三人分のパンケーキが運ばれてきた。
冷房が入っているせいか暖かそうな湯気が漂っている。じんわり溶け出すマーガリンの上にシロップをかけるとはちみつの香りが鼻をくすぐった。
一口サイズに切り、口に入れる。
フォークを持っていた手に最近少しだけ伸びてきた髪があたり食べる時にちょっと邪魔だな、なんて思っていたら、すっと白い手が伸びてくる。
「カヲ……、」
「僕たちが出会ったときより、髪伸びたね。」
彼の手は私の髪をすくい、そのまま耳にかけてくれた。
なんだか、自分の性別が女性に戻ったかのような錯覚を覚える。
そうだ、と渚くんが席を立ち、何かの袋を持ったまま私の傍にたつ。
疑問符を浮かべたまま彼を見ていると中から出てきたのは黒いヘアピンだった。
「母、こっちに。」
「ん。」
身体を傾けて渚くんの方に寄せると彼の小さい手で私の髪をまとめピンをはめてくれた。
「カヲル、僕にも一本。」
「はい。」
渚くんはカヲルにピンをもう一本渡すとカヲルも席を立ち、渚くんと場所をかわると
そのままの状態で固まっていた私の頭の位置に合わせるようにその場に膝をついた。
彼もまた渚くんと同じように私にピンをつけてくれた。
「僕らからのいつもの感謝の気持ち。ホントはマリも今日来たがっていたんだけれどね。事情があって。」
「老人の見張りだよ。ちょっとボケてるし、記憶を取り戻すかもしれないから監視という二重の意味でね。」
「なるほど……。」
彼らがつけてくれたピンを触ると可愛くバツの形になっていた。
さっき二人でこれを買いに行ってたのね。
「女子にはなれないだろうけれど、それだったらおしゃれ出来るんじゃないかなと思っててさ。朝、君が女子に戻りたいと言った時は流石にびっくりしたけれどね。」
「僕らの計画がバレたのかと思ってた。」
「ははは、まさかエスパーじゃあるまいし。……でも、ありがとう。大切にする。」
少しだけ照れてしまった。
……あと、店員さんの好奇の眼差しがかなり痛かったです。
すみません、この二人、私の子供なんです、ホモじゃないんです。
はあはあしないでください……!