17
「名前、ホンマ足早いなぁ。もう見えんわ。」
「でも大丈夫かな……ひとりで行っちゃったけれど……。」
「俺らがあの足に追いつくと思うか?」
「無理だと思うよ……、だから私たちには私たちがやれることやろう?」
「せやかて出来る事っちゅーても……。」
「教員に報告。」
「綾波さんのいう通りだわ。先生に言わないと……。」
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「はァ……。このまま誰にも見つからず、ってなったら遭難扱いになっちゃうのかしら。」
木々の隙間から覗く青空が見える。
何でアタシこんな天気のいい日にこんな事なってるんだろう。気分は急降下して今は青空すら忌々しく思う。
さっき見つけたしおりもどこかに行ってしまったのか手元にない。
「ここ、どこよ……。」
道ではない場所に倒れこんでいたところを見ると一度気を失っていたらしい。
話し声が聞こえないということは皆は近くにいないことが伺える。
おまけに足も挫いたらしく立とうとしてもうまく立ち上がれない。
皆は楽しくハイキング。アタシは?アタシはひとり。
「……ムカつく、ムカつく。なによ、誰か助けにきなさいよ。」
ふと思い出したのは最後に話した名前の顔だった。
アイツだったらなんとかしてくれそうな気がして、体育祭の時みたいに奇跡を起こしてくれそうな気がして。
「名前……。」
「アスカ……ッ!」
ポツリと小さくつぶやいた名前に返事が返ってくるはずもないのに。
そこにはアタシの方を覗き込む名前の姿があった。
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「……まだ、戻ってない?」
「え、うん……戻ってないってどういうこと?」
「あ、なんでもない!じゃあ!」
「ちょっと!そっちは戻る道だよ!苗字くん!」
一度宿泊場所まで帰って、部屋や通ってきた道などを探したけれど彼女はいなかった。
ということはすれ違ったことに気づかず、もう戻っているかもしれないと思い最後尾のクラスまで走ってきたけれど結局アスカは居ないようだ。
「最悪のパターンすぎるでしょ……!」
また宿泊地までの道のりを今度は両側の道ではない斜面を覗き込む。
皆がいるのにも関わらず誰にも発見されていないということは
声が出せない場所にいるか、声の届かない場所にいるか、声の出せない状態か。
どれにしろ、彼女の身になにか起きたことは確かだ。
走ってきたせいでもあるけれど、嫌な汗が頬を伝う。
「どうか無事で……!」
しばらく走ってから斜面を覗き込む、という作業を何度も繰り返し行なっていたら少し先に小さくうずくまっているような茶色い塊があった。
あれは……アスカの髪?
汗を拭って走り覗きこむ。
「……。」
「アスカ……ッ!」
声をかけるとバッとこちらを見上げた。それは間違いなくアスカだった。
かなり不安だったんだろう、少し涙ぐんでいた。
良かった、見つけれて……。
「アスカ、大丈夫?」
「……足痛い。」
「挫いたの?折れてる?」
折れてる?と聞いた瞬間、ひゅっと息を飲む音が聞こえた。
しまった、今不安定なのに。
少し段差のある場所だったので下に降りる。
アスカの足を見ると泥だらけだった。
よし、おんぶだな。
「ちょ、アンタなにしてんのよ!」
「ホントはお姫さまだっこでもしてあげたいところだけれど、手がふさがると上に登れなくなるからね。ちょっと我慢してね。」
「じゃ、なくて……!……あ……、やっぱりお願いしていい?立てないの。」
「りょーかい。」
アスカを背中に乗せて片手で支えながら片手で登る。
……意外と重いぞ、アスカ。もちろん言わないけれど。
上まで登りきり、手の土を落としてから彼女を両手で支えるとアスカは私に身体を寄せてきた。
お、甘えていらっしゃる。
「アンタ、凄い汗。」
「げ、汗臭い?ごめんね。」
「別に。……どれくらい探したの?」
「……約2往復……。」
「そ……。」
首筋にアスカの手があたる。思わず肩がはね、彼女のその行動がよくわからなくて思わず宿泊所に帰ろうとしていた足を止める。
「……アンタがこんなに汗をかいてるところみたことない。体育祭の時も、体育の時も。飄々として汗一つ流してないアンタがこんなに。……ありがとう、名前。」
「……ふふ、どういたしまして。」
そして私は宿泊所まで戻ると医務室へと向う。アスカの手当を職員さんにしてもらっている間に電話をお借りした。
もちろん電話先は我が担任、ミサト先生だ。
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「大事がなくてよかったね、アスカ。」
「あったりまえよ。受身が取れなかったことは残念だけれどね。」
夜、私は正座1時間の刑を言い渡されたので職員が集まる部屋の前で正座をしていたらアスカがやってきた。
結局彼女は骨に異常がないらしく今は少し痛そうにしてはいるものの普通に歩いていた。
「隣空いてる?」
「ご覧のとおりガラガラです。ていうかただの廊下だから座る人なんていないだろうけれどね。」
「じゃあ隣座るわね。」
流石に足を挫いているので正座ではなく私が見つけたとき同様、体育座りだったけれど。
アスカは隣に座ると私にジュースを渡してきた。
「これ、今日の御礼。」
「別に普通の事しただけよ?でもありがと!」
「……あのさ。」
渡されたジュースを受け取ろうとしたらアスカが手を放さなかったのでこれは対決か、なんて思っていたら声をかけられる。
「……アタシ、名前に期待しちゃってるのかもしれない。何か起こせるんじゃないかって。だから今日アンタが来てくれて、なんだか……その、」
「……。」
「神様みたいだなって、思った。馬鹿らしいけれどね。」
「……。」
「奇跡って人が起こせるもんだけれど、そういうのってやっぱり神様に頼んじゃうものじゃない?アタシ今日、アンタだったら来てくれるかもしれないって思ったの。そしたらホントに来てくれた。」
「あ、あはは、そりゃ、なんというか私にはもったいないね。でも惜しいなあ。アスカの王子様ではなかったかぁ……あ、それはカヲルか。」
「な!なんでそこでアイツが出てくんのよ!」
「ははは、可愛いのうアスカは。」
「ったく。……まあ、ホントありがとね。」
そういって彼女は両手をつかって立ち上がりその場を去った。
「……神様、ね。」
なんだか間違ってもないよね、なんて思っておもわず笑ってしまった。