性格悪年下彼 | ナノ


▽ 渚カヲルハッピーバースデー


「お誕生日、おめでとう。」


そんな言葉を彼に伝えることなく、今日9月13日があと一時間で14日に変わってしまうところまできてしまった。

私の目の前には大量の書類。
これに目を通して昨年の実績と照らし合わせて、なんてことをしていたらもうこんな時間だ。
彼の誕生をお祝いして、ご飯作って、まったりした時間を過ごしたいという私のプランは全て消え去ってしまった。

今彼は寝ているだろうか。もう23時だ。
中学生であれば寝ている時間。21時を越えてからは時計を見る回数がかなり増えたけれど、今はもう諦めに近く時計を見ないようにしている。


「そんなことしてる暇があったら早く仕事終わらせなきゃ。」


既に私の周りのすべての人は帰っており、僅かな蛍光灯だけがついている寂しい部署となりかわっていた。
書類は0時に終わるかどうかは、多分NOという言葉が自分から返ってくるだろう。


「まあ、そもそも監視役やらされて早く帰されてるから当然なのよね、こうやって仕事が溜まるのは。」


寂しい部署に私の独り言が虚しく響く。
……なにやってるんだろう、私。
夜のプランの時におめでとうと言いたかったというつまらない理由で朝、彼とあった時に言わなかった。
それがこんな結果になるなんて。

手が止まり……少しだけ、遣る瀬なさで涙が出そうになる。

ことり、小さく音を立てて、視界に入り込んできたのは白いコップ。
その中には茶色い液体が入っている。匂いで瞬時にココアだとわかった。

上司が労いで自動販売機で買ってきたのだろうか。


「あ、ありがとうござ……うえぇえ?!」

「何をそんなに驚いてるんですか。」


そこにいたのは少し不機嫌そうな顔をしたカヲルくんだった。
そうだった、うちの上司はそんな気遣いできなかった。

反射的に時計を見るとまだギリギリ0時は回っていない!


「カヲルくん!」

「仕事終わってないっぷりを見に来たよ。あとどれくらいなんですか。」

「失礼な!ちゃんと着々と終わらせてるし!……あと一時間くらいはかかりそうです。」


「はぁ……。」


最近私の前でため息多くなってきたんじゃないか、少年。
……ってしまった、そうじゃない!


「あのさ、カヲルくん……。」

「楽しみに待っていましたよ、一応。これでも。」


鋭く冷たい瞳へと変わる。ひ、ひええ!完全に怒っていらっしゃる!
そ、そりゃ私が悪いんだけれど!これでも頑張った方なんだから!

カヲルくんは私の隣の席へと座り、私の方を見ずに同じ白いコップに口を付ける。
多分あれもココアなのだろう、小さく揺らめく湯気が見える。
時計を見るともう、数十秒で日付が変わってしまうところまで来てしまっていた。


「カヲルくん、……ごめんね。仕事長引かせてしまって。あと……お誕生日おめでとう、生まれてきてくれてありがとう、こんな仕事の出来ない駄目な私の傍にいてくれてありがとう、心配してくれてありがとう、カヲルくんを好きと思えたことが嬉しい、ありがとう。」


かちり、そんな針が動く音が聞こえた。
カヲルくんは0時になったから魔法でもかかったのか動かない。ココアを口につけたまま。熱くないのだろうか。
……必死の思いでこっちは告白したというのに、無反応とはどういうことだ!

なんて、思ったけれど、あまりに動かなさすぎて純粋に心配になって顔を覗き込んだ。


「ッ!!!?」


急いで近くにあった携帯を取り彼の顔写真を撮る。
その携帯のシャッター音で正気に戻ったのか私の方をジト目で見てくる。
ふふん、そんな可愛い顔して睨まれても可愛いしか感想を抱かないんだからね!


「何写真を撮っているんですか。」

「すっごい珍しい顔してた。照れ顔なんて初めて見たんだけれど。」

「だからといって撮るんですか……。まァ、もういいです。名前さん、プレゼントはないんですか?」

「プレゼント?実は手料理で頑張るつもりだったから用意していなくて……。」

「じゃあプレゼントは名前さんとか。」


ドキリ、と心臓が跳ねる。この男はこういう不意打ちが好きなんだ。
しかも綺麗に笑うもんだから相当タチが悪い。まるで、本気だと言わんばかりだから。


そして、電子音のようなシャッター音が聞こえた時には遅かった。


「お返しです。」

「け、消しなさい!なんでそんなの撮るの?!」

「今同じことをやった名前さんが言える口ですか……。ああ、あとプレゼント、名前さんをもらったらどんな肉体労働をさせようか、考えものですね。」

「そっちかよっ!!」


私のドキドキした乙女心を返せ!苗字が渚で、渚 名前になるのか……、なんて少し思ったんだからな!
彼はどこ吹く風で机の上の物を少し退かせてスペースを作ると腕を組み机の上においてから、更にその上に頭を乗せた。


「少し眠いです、終わったら起こしててください。」

「うん、了解。ゆっくり休んでて。」


わざわざ迎えに来てくれたり、終わるまで待ってくれたり、おめでとうを言われなくて拗ねたり、私の言葉に照れたり。
なんだか今日は私がプレゼントをもらったようだった。

胸のあたりがじんわりと暖かくなり、カヲルくんの頭をなでて元気を補充させてもらった。


「ありがとう、カヲルくん。」


反応はなかったけれど、きっと起きているであろう彼に感謝を述べた。

ちなみに後日、私の休みの日に。
プレゼントの私は彼に付き合い、外で彼のわがままを聞くということで落ち着いた。
というかただのデートだった。そう私は思い込んでいる。
私にとってもプレゼントだった。

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