性格悪年下彼 | ナノ


▽ 17


目を開けたら、真っ白な天井が広がっていた。病院だと気づくのに時間はかからなかった。
とても静かだ……。個室だろうか。顔を窓へと向ける。

……今昼ぐらいかな…。

お腹の空き具合ではわからない。
なんせ昨日、なにもかもを吐き出して、それから夜をすぎて
おそらく次の朝も通りすぎている。

さらにいうと、一昨日は一睡もしていない…、きっと泥のように寝て、
最悪今日は何日か過ぎているかもしれない。

なんて思ったけれど、普通に時計をみて、カレンダーみたらわかるよね。


「ッ?!!」

「やっと気づいたんですか…、どれだけ気配を察知できないんだい?」


窓とは反対のドア側を向いたら渚カヲルが赤い物体を振り上げた状態で椅子に座っていた。
私が気づくとやれやれというように首をふり、呆れてため息をつく。


「気配云々は普通の人には無理でしょ!てかその林檎をおろしてよ……ッ!」

「生命の危機を感じるレベルで驚いてくれるかなと思ってさ。それとも包丁の方がよかったかい?」

「そっちの方が危機にさらされる!!」


もう片方に持っていた包丁を持ち上げる。
ベッドで見えない位置にあったけれど、カヲルくんが持ち上げるとなんか、凄い怖い。

あれ、でもその装備って……


「も、もしかして少年は私に林檎を剥いてくれるの……?」

「剥きますよ。剥いたあとにミキサーにかけてジュースにします」

「……固形でください」


お腹がすいているというのに、この子はなんでそんな手間のかかる意地悪を。
愛か、愛のなせる技なのか……?


「なんだか嫌な解釈をされた気がします。」

「本当の事を思っただけよ。」


カヲルくんは膝にティッシュを一枚おくと、
手に収まっていた林檎に包丁を添える。

白い指が赤く色付いた林檎を滑るたびに目を奪われる。
病室も、ティッシュも、指も、シャツも白い白い空間に
彼の胸に浮かぶ、赤いもの。

―なんだか心臓みたいだ。

そんな風に感じて、しゅるしゅると剥かれる心臓を素直に美しいと思っていた。


「そういえばカヲルくん。」

「どうかされました?」

「今日ってこの前の件から何日たったの?」

「昨日ですよ。脳震盪だったみたいですね。…頭大丈夫ですか?」

「その言い方だと頭が悪いように聞こえるからやめて。」


冗談ですよ、なんて微笑みながら赤い帯を長く長くつくる。
うさぎさんの林檎じゃないのか、残念。

小さくお腹がなったけれど布団の中だったからカヲルくんには聞こえなかったみたい。

それでもなんだか恥ずかしくなって、少し冗談を言ってみる。


「カヲルくんっていいお嫁さんになりそうだよね。お婿さんはシンジくんかな?」

「……」


少し驚いた顔をした。あれ?意外な反応…。
しかし、そのあといつもの顔に戻り、ゆっくりと立ち上がり、包丁の柄をこちらに向ける。


「知っているかい?脳震盪が収まっていないときにもう一度頭に強い衝撃を与えることを『セカンド・インパクト・シンドローム』というんだよ。これは偶然だね」

「怖い怖い!ごめんって!素敵なお婿さんとして迎え入れたいよ!しかもシンジくんならお嫁さんだよね、立場的に!」


…あれ、今度は目を伏せた。何かいけないワードをいったのであろうか。
ストン、と椅子に座ると、また林檎を剥き始めた。


「シンジくん、今は入院をしているんだ。この階に。」

「………は?…え、あ、そっか、初号機が本部を占拠したって言ってたね…そのあと何があったの?」

「知っていたんだね。そう、そのあとは碇総司令がL.C.L.圧縮濃度を限界まで引き上げる指示を出し、意識不明になったところで僕が非常用ハッチから無理やりこじ開けたんだ。」

「そう……、フォースチルドレンは……なんか、一命はとりとめたって話は聞いたけれど……」

「彼も無事だよ。ここに収容されている。ただ、まだ意識は戻っていない。」


目線は林檎のまま。手は止まっている。
クラスメイトがそんな状態になれば誰だって元気ではいられないよね…。

しばらくして、またしゅるしゅると綺麗に螺旋を描きながら帯を作りだす。

無言で剥いている彼をどうしても励ましたくなって、ちょっとした提案。


「ねえ、カヲルくん、お姉さんが元気になったらデートしましょ。ちょっとした遠出してさ」

「いいですね、名前さん。どこに行きましょうか」

「やっぱ、断るよねー、って断ってない?!あれ?!これ夢!!?」

「なんですか、誘っておいて。僕を元気づける為じゃないんですか?」

「おーう……お見通しですか」

「名前さんのことなら、なんでも」

「なんでも……」


なんだか、カップル同士の様な会話をしてしまった。
今日は、甘い雰囲気だな、カヲルくん。

きっと、この前の自分を重ねているのかもしれない。
私は林檎なんて剥かなかったけれど
……というかそんな冷静でいられなかったし

誰かと生きている心地が気持ちいいことを知って、
少し、気分がいいのかもしれない。

もちろん、私もその心地よさが好きだ。


「じゃあ、林檎剥き終えたし、ミキサーにかけさせてもらおうかな」

「ちょ!頂戴よ!」

「さっき言わなかったんですけれど、まだ名前さんは固形物を食べてはいけないそうだよ。検査もまだまだあるしね。ちなみにここでミキサーにかけるとうるさいから先に作ってきました。」

「用意周到……。え、じゃあその林檎はどうするの?」

「僕が食べます。」


と八等分にした林檎をしゃりっと音をたててかじりつく。
畜生、それもわざわざここで切らなくていいじゃない……


「はい、僕とおそろいのもの、口にしてくださいね?」


そうやって渡された林檎ジュースを口に含むと
お腹空いているせいか、それとも彼とこの味を共有したからか、
はたまた、林檎ジュースがこの空気にやられたか、わからないけれど

いつもよりすごく甘く感じた。

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