▽ 16
酷いめまいと吐き気…、それに頭の痛みを覚えて頭に手を当てる。
ぬるり、と滑り、手を離すと視界には血に染まった自分の手が写った。
体は思った以上に動かなかったので這いずるように壁際へと移動する。
この場所だと、何が起きるかはわからないから。
何が起こったかを記憶の糸をたぐりよせながら体勢を立て直す。
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「管理部が今フォースチルドレンを収集。現在こちらに向かっております。」
「機体もまだだからゆっくりでいいと伝えといて頂戴。」
赤木博士に管理局一課から預かった少年のステータスデータを渡す。
以前からフォースチルドレンとしては在籍していたが、
今回が初めての搭乗となる。
何故これも子供が選ばれるのか、私は知らない。
「不満そうね。納得がいかないって顔をしてるわ」
「……パイロットは何故将来を担うような少年少女ばかりなのですか?」
「……将来を担うからでしょ?」
腑に落ちない答えを頂き、少しムッとしてしまう。
そんな中、アナウンスでもうすぐ参号機が到着するという放送がはいった。
「貴方昨日から寝てないんでしょ?寝ていたらどう?人事なんて、そこそこでいいのよ?」
「そうもいきませんよ。総務局三課は雑務上等なのでまだまだ頑張ります」
くすりと妖艶に笑われた。私の事まで知っていらっしゃったのか。ちょっと嬉しいな。
私の解答に「そう」と返して、白衣を翻しながら私の横を通りすぎる。
「とは言っても、人事関係は結局管理部が結構やっているし…私も暇なのよね…」
ふわ、とあくびが漏れて手を口元に持っていく。
そういえば最近、体の動きが少し遅いな…もう、歳なのかな…
なんて思うと少し悲しくなってくる。
「こんなんじゃ嫁の貰い手もいなくなってくるのかなー…軍人やってればそんなものよね…合コンでも行ってみようかな…」
携帯を見ると加持一尉からのメール。今、松代なのか?と一言。
マメだな、この人も。なんて思いながら返信。
そういう人と結婚できるのならば少しは楽なのかもしれないなあ。
カヲルくんはまだ中学生。
結婚できる歳まではあと三年。
随分と気が遠くなる話だ。
「ともかく、ここにいてもしょうがないわね。ちょっち参号機みていこうかな。」
そのあと、松代勤務の方々からやはり生暖かい目で見られてしまったんだ。
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「思い出してきた……あのあと、フォースチルドレン搭乗の際に…」
―……線、突破します!
―実験中止、回路切断ッ!
―回路切断できません!
―体内に高エネルギー反応!
「……使徒。」
ポケットに入れていたハンカチを額にあてグッと押さえる。
自分の倒れていた場所をみると小さく血だまりができている。
出血は酷く見えてもそこまで傷は深くなさそうだ。
しかし、吐き気やめまいのせいで体がうまく起こせない。
軽く、血が流れていた額を触ると少し固まっている。
「気絶は一瞬だけじゃないみたい。時間が経ってる。……使徒と、エヴァが戦ってる…少年たちが」
言葉の途中で胃の中のモノが迫り上がってきて、吐瀉物を撒き散らしてしまう。
それを見た瞬間に気が遠くなり、真っ暗になった。
「…ちゃん、名前ちゃん…!」
「……ぁ、加持、いち、い…」
「よかった!意識を取り戻したな…、気分はどうだ?歩けそうか?」
「最悪です、少なく見積もって、あと一時間は……」
「そうか、じゃあ失礼するぞ…」
ぐいっと起こされたと思ったら、お姫さまだっこをされた。
こんな状態じゃなければちょっとときめいていたかもしれない。
「一尉、汚いですよ、私。」
「そんな事言っている場合じゃないだろう?それに、そんな事気にするな。俺とお前の仲だ。」
「どんな仲ですか……」
そんなやりとりに気が抜けて少しまたまぶたが重くなる。
加持一尉の胸元に顔を寄せると彼の心音が強く、そして早く聞こえてきた。
「……爆発事故があったと聞いたときは心臓がもぎ取られるかと思ったくらい焦ったぞ。」
「それは、どうもすみません。」
「名前ちゃんのせいじゃないだろう?……生きていてよかった。君がこの前泣いていた気持ちがよくわかったよ。」
「……。」
「そうだ、松代が爆発事故が起こったときいて、もう一人冷静じゃないのがいたな。帰ったら連絡するんだぞ、彼に。」
……はて、彼とは。
ぼーっとする頭に思い浮かんだのは意地悪く微笑むカヲルくんの顔が浮かぶ。
ああ、そっか、カヲルくんが……え?
あのカヲルくんが冷静じゃない…?
「録画してなかったんですか…?」
「おいおい、無茶をいうな。それに表面上は普通だったんだよ。さっきの使徒戦だがな、弐号機中破、零号機中破、初号機が対立し、……一度拒絶したんだ。戦うことを。それで、名前ちゃんは知ってるか?ダミープラグの事。」
「ええ、一応…今回の訓練の際にもデータを使うと聞いていたので。」
「そのダミープラグを実戦で使ったのさ。結果は勝利だな。だが悲惨なものさ。」
「悲惨…?」
「食い散らかそうとしたんだ、初号機が、参号機をね。いや、侵食型の使徒を。それを侵食されながら、ダミープラグを止めたのが四号機だったんだ。」
「……搭乗者は無事ですか…?」
「ああ、無事だ。意識は戻っていないが、心音ははっきりとしている。今搬送されてるよ。」
大きく頷いてくれた加持一尉に安心する。
けれど、そのあと、少し眉がよる。
「そのあと、初号機パイロットが癇癪を起こしてしまってな。まぁ、無理もない話さ。今回の搭乗者と仲がいいからな。…今本部を占拠中…と聞いたな。それを唯一かろうじて動ける四号機で渚くんが止めているそうだ。」
「それは……。」
言葉がうまく出てこない。
もともと気難しそうな感じの子だったんだ、シンジくんは。
カヲルくんが止められるかといえば、多分難しいだろう。
「侵食型の使徒との戦いが終わったあと、すぐこちらに向かおうとしていたんだ。彼らしくもなく焦った表情でね。」
「ああ、それで…」
「まぁ、その前にシンジくん自身の暴走があったわけなんだが……それで彼から君をよろしくお願いしますと直接頼まれたんだ。君を見つける為に何度も電話をかけさせてもらったから今着信が凄いはずだぞ」
加持一尉に中央病院への搬送車の場所まで連れて行ってもらった。
彼は運ばれる中にとある人を見つけると安堵した表情をもらした。
「行ってください、加持一尉、貴方がいる場所は私の隣じゃないはずですよ。」
「君にはホント、かなわないな。じゃあ、ちょっといってくるよ。」
そういって小走りで走りさられた。
なんか、そう去られるとまるで私がフラレたみたいだ、なんて寂しいことを考える。
私が乗り込める番になり、座席を一列つかい寝転ぶ。
「……ああ、人恋しいな……」
きっと誰かと生きているという喜びを分かち合いたいんだ。
彼も、そんな気分だったのかもしれない。
何かを知っていたのに、焦ってくれてありがとう。
心配してくれてありがとう。
カヲルくんにあいたい。